先代勇者の方程式
アスラ族のザッパとの一件の後、頭と身体を洗った俺は数ある湯銭の中から、比較的小さな湯銭を選んでそこに浸かる事にした。
大きな風呂も良いがやはり個人的には小さな風呂の方が性に合っていると言える。
小さいと言ったが、それでも身体を伸ばして窮屈に感じないくらいには広い。
「ふう……」
風呂に浸かりだらしなく四肢を弛緩させる。
お湯の熱が身体に染み渡り、心地よさを覚える。
この世界に来てからここまでリラックスした事はなく、思わず口から息が漏れる。
「大会が終わったら……どこに行こうか」
久方ぶりの余裕が生まれ、ふと思ったのは今後の事。
ルクセリアからこのガラリエを目指して旅して来た。
当初の予想より時間が掛かってしまったがなんとかこの街にたどり着いた。
観戦目的だったのが試合に出場する事になってしまったのは、なんと言うか、俺の間の悪さとかも起因するんだろうけど。
「まだ行った事の無い場所……って言っても世界の半分以上はもう制覇したしなぁ」
もちろん、三年前の旅でだ。
世界中を渡り歩いた。あの時ほど世界の広さを感じた時も無い。
シルヴィアやレオらもいるし、一度リーゼリオンに行くのも有りか。
できるだけ行ったことの無い場所に行きたいが、そもそもどこに何があるのかもわからん。シルヴィアに保護を求め怠惰で自由な居候生活をすごしつつ行く場所を探すのも有りだろうか。
いやしかし生産性のない生活をする俺をキレたシルヴィアが剣を振り回しながら追い回す辺りまで容易に想像できてしまう。
それも中々愉快そうだ、とマゾヒストみたいな感想を抱いたのはやはり風呂の心地良さのせいだろうか。それとも本当に俺がマゾヒストだからなのか。
「後者だろうなぁ」
女の子を攻めるより、女の子に責められる方が興奮する。
いやしかし求められれば攻める方に回るのもやぶさかでなく……つまりもう自他共に認めるしかない変態と言う奴だ。
……このままだと思わずに自分の性癖をぶちまけそうで恐いのでこの話題は終わりにしようそうしよう。
しかしここは静かだ。風呂場には数十人の客がいるのに喧騒が遠く聞こえる。ここが風呂場の端だからだろうか。いや実に良い。
やはり風呂に入っている時はね、誰にも邪魔されず自由で、なんと言うか救われてなくちゃな。独りで静かで……。
なんて事を考えていた俺の思考が、壁の向こうから聞こえて来たたった一言によって思考の海から引き上げられた。
「ねぇねぇ、このお湯って向こうと繋がってるのかな?」
何も鉤カッコを掛けてあえて挙げる必要も無い言葉だと俺も思う。
しかし俺はそのたった一言の言葉にハンマーで頭を勝ち割られた時のような大きな衝撃を覚えたのだ。
「ええ~、どうだろ、わかんない」
それは友人、または知人に尋ねられ大した思考もせずに反射的に答えた言葉だろう。てきとうな受け答えでありながら適当な返しであると言える。
だが受け答えした彼女はそこで終わりだ。適切な返しではあるが返ししか合ってないのだ。だって知りたいわけじゃないし。
だが俺は違った。疑問を抱いた女性の言葉に俺も疑問を抱いた。
そして気づいた。今俺が浸かっているこのお湯が、パイプとかなにやらを通して向こう側、つまり女湯と繋がっている可能性が微粒子レベルで存在しているのだ、と。
そうと知ってしまった以上、もはやこの湯銭では寛げない。俺の思考はまたしても下品なエロ思考へと陥ってしまう。
お前はエロい事を知ったばかりの男子中学生かと呆れられるかも知れないが、男なんて生涯そんな物である。エロい事に興味津々、初めて拾ったエロ本の内容は死ぬまで忘れない。そんなバカが男の実態である。
さて世に生きる男性諸君を保身のため自分と同じレベルまで落として何をするのかと言えば、
「排水溝は、排水溝はどこに」
女湯へと繋がる夢の国への門を探していた。
この風呂のお湯が女湯と繋がっているという過程が正しいのならば、恐らく排水後行き着く場所も同じである。
そこへたどり着き女湯へと繋がる排水溝を駆け上がるのが俺が導き出した勝利への方程式である。
しかし排水溝を見つけ出しいざ、と言う段階に至りようやく俺は技術的弊害があることに気がついた。
技術と言うか身体的弊害である。
さて、お気づきの方もいるだろう。勿論どうやって排水溝に潜り込むかだ。
排水溝は本来人が吸いこまれてしまわないよう、それでいて大量の水を吸い込むよう設計されている。
現代日本でも、異世界レインブルクの自由都市ガラリエの大衆浴場でもその排水溝の設計思想は変わらない。
そう、人間が思いつきで入れる程排水溝の口は広くはなかったのだ。
俺が身体をスライムのように自在に変化させられるような体質でないのはここまで読んでくれている方々が知るところであり常人ができてはいけないことである。
勝利の方程式は脆くも崩れ去った。
過酷で夢のない現実に打ちひしがれた俺は何もかも投げ捨てる勢いで身体を伸ばし人の来そうに無い小さな湯銭に仰向けで浮かんだ。
「現実と珈琲は甘くない」とはよく言ったものだ。ちなみに今思いついた名言であり中身がないのはご愛嬌。
このままお湯とともに排水溝へ流れ落ち、海の藻屑となれば良いのに、とわけのわからない心境に陥った俺だったが、とある事に気づきガバッ、と起き上がる。
耳にお湯が入り気持ち悪い。しかしそんな事を気にも留めぬ程に俺は舞い上がっていた。
そう、方程式は一つじゃない。
同じ答えではあるが、道筋はそう、無数にあるのだ。
俺は女湯との間と遮る壁と天井の合間に大きな狭間がある事に気がついた。
それは何のためにどんな理由であるのかなどどうでもいい。
今その女湯へと繋がる狭間は確かに存在するのだから。
俺が新たに導きだした新たな勝利への方程式はそう、覗きであった
お待たせしました、最新話です。
風呂を覗くまでの説明回になってしまった




