魔城での出来事(後)
「トーニトゥルス、今日こそ撃ち落とされてぇみたいだな」
アグニエラの身体から炎が噴き上がる。魔王の城、その玉座の間が一瞬で炎に包まれた。
「否。できぬ事は言わぬことだ、フラム」
対してトーニトゥルスは無表情のままアグニエラを挑発する。
「言ってくれるじゃねぇか」
研ぎ澄まされた殺気がぶつかり合う。
アグニエラは炎の斧槍の、トーニトゥルスは稲妻を纏う雷槍を手に、切っ先を互いに向けあう。
獲物を構え、向かい合うアグニエラとトーニトゥルス。
「行くぜトーニトゥ──」
殺気をたぎらせ駆け出そうとしたアグニエラ。
その背後に、雷が落ちた《・・・》。
「参る」
一言呟き、アグニエラの背後に現れたトーニトゥルスが雷槍を振り抜いた。
「っ!! っらああぁぁっ!!」
背後を取られたアグニエラは舌打ちしつつも口角をつり上げ、咆哮と共に炎の斧槍を振り下ろす。
ガギンッ!!
振動すら感じる程の轟音が玉座の間に響き渡る。
「……見事」
「疾やさはオレも専門分野だ」
背後と言うアドバンテージを得たにも関わらず、トーニトゥルスの槍は振り下ろされたアグニエラの斧槍に砕かれてしまった。
「ならば……」
砕かれた槍がバチンッ、と音を立てて弾き消え、刹那、次の瞬間には新たなる雷槍がトーニトゥルスの手に握られていた。
「どちらが上か……」
ドンッ!!
閃光、そして轟音。
音を置き去りにする速度で放たれた雷速の突きは、アグニエラの知覚速度をゆうに上回りその身体を貫き、衝撃でアグニエラの身体を文字通り弾き飛ばした。
「決めよう……ってか?」
轟ッ!!
触れるだけで焦げ付いてしまいそうな灼熱の熱風がトーニトゥルスの頬を撫でる。
瞬間、吹き飛んだ筈のアグニエラがトーニトゥルスの背後から強襲する
吹き飛んだアグニエラは炎が見せた幻影だったのだ。
「……然り!」
無表情だったトーニトゥルスの頬が僅かに緩む。
身体を半身反らし背後からの攻撃を薄皮一枚で避けると、トーニトゥルスは振り返る瞬間に槍の石突きをアグニエラの脳天に叩き込む。
「んなもんじゃっ、止まらねぇぞオラァッ!!」
アグニエラの額にミシリ、と鈍い音が鳴る。
だがアグニエラは止まらず、両手で持った斧槍を炎に変えてそれを拳に纏わせて叩きつけた。
「!! ……見事」
「それしか言えねぇのかテメェはよォッッ!!」
瞬時に魔法障壁を展開し炎を防いだトーニトゥルスだったが、咄嗟に展開した障壁では防御力が不十分だったらしく、腹に大きな火傷を負ってしまった。
互いに攻撃を受けながらもアグニエラとトーニトゥルスの攻防は止まらず、雷槍と火炎が周囲に大きな被害を出していった。
「全く、随分とまぁ楽しそうに戦ってくれるわねぇ」
文字通り飛び火した炎を水の障壁でかき消したアクアディーネが呆れたようにため息をついた。
「……決めたわ。あの計画、フラムにも行って貰いましょう」
「おや、よろしいので?」
アクアディーネの呟きをウムブラが拾う。
「彼女がどう動くかわからない、と言っていたのは貴女だった筈では?」
「計画の第一段階に限り、フラムの性格は役に立つわ。何せ、意味なく暴れるのが目的なのだから」
クスクスとアクアディーネが笑う。
「なるほど……では今回は私の黒騎士とフラム、トーニトゥルス殿と言うことで?」
「下級の魔族も連れて行きなさい」
「御意……キヒッ、キヒヒヒヒ!!」
小さく頷くとウムブラは薄気味悪い笑い声と共に影に溶け込むように沈んで行き、その姿を消した。
見れば、あのウムブラが引き連れていた黒騎士の姿も忽然と消えていた。
(ウムブラめ……フラムほどではないだろうけど、公爵級に届きうる駒を用意しているとは……そろそろ消した方が良いかしら)
先程アグニエラの攻撃を防いだ黒騎士に、アクアディーネは密かに戦慄を抱いていた。
姿形と力の一端しか垣間見えなかったものの、あの黒騎士の能力がどれほど高いのかは理解した。何せあの黒騎士は、最速の公爵級トーニトゥルスと並ぶアグニエラの一撃を防ぎ受け止めたのだ。
魔族において公爵級と言う存在は絶対的な強さを誇る常識外の存在だ。
ただですら人より優れた能力を持ち、悠久の時を生きる魔族達。
その中でありながら化け物と呼ばれ畏怖される頂点たる存在。
であるにも関わらずあの黒騎士はその頂点たる公爵級のアグニエラの攻撃を簡単に受け止めて見せた。
音を置き去りにし、煌めく閃光の如き速度を持って命を刈り取る一撃を、防ぎ受け止めたのだ。
(いえ、魔王復活までは有効活用させて貰いましょう……ウムブラも、あの黒騎士も)
利用価値はまだある。
そう思考するとアクアディーネの関心はアグニエラとトーニトゥルスへと移った。
「オラオラオララララァァァッッ!!」
「見事……だが、まだ遅い……!!」
槍と斧槍の穂先が激突する。拮抗する力は反発を生み、互いの得物が弾かれる。それを化け物染みた速度で構え直し当たれば即死の突きを放つ。が、その一撃もまたぶつかり合う。
穂先が霞み、衝撃が大気を震わす剣戟が続く。
さて、この二人をどうやって止めようか。
アクアディーネは小さくため息をつくのだった。
お待たせしました、最新話です。




