魔城での出来事(前)
暗く、深き孔の底。
聖者を腐らせ悪鬼の糧となる障気満る闇の世界。
使徒と神が君臨する世界ではなく、人が亜人を支配する世界でもない。
そう、ここは魔なる者が跋扈する魔界。
空は黒い雲で覆われ、大地は血と毒沼で汚された世界。
そのおぞましき世界において、その建造物は異質だった。
身の毛がよだつ程美しく、かつ明確な死のイメージを見るものに与えるものだった。
かつて魔王が君臨した魔城、三年前、『担い手』により城主を封印された漆黒の城。
『魔城ソロモン』。
その最奥で黒い陰が蠢いた。
「フフフ……二度目とは言え、我ながら良くやったものですねぇ」
影の如きローブを纏うソレは、公爵級の力を持ちながら六刃将に加われぬ異端の魔族。
大昔、人の魂の輝きに魅せられ邪道に堕ちた元人間、ウムブラ。
ローブから微かに見えるその身体は白骨化しており、ウムブラが肉が腐り落ちて尚動き回る死霊だとわかる。
「魂を残したまま肉体だけをこの堅固な封印から取り出すなどと……恐らく私以外には出来ないでしょうなぁ」
魔城の最奥、玉座の間。
その玉座に座る存在を眺め、ウムブラは満足げに頷く。
「それで……その身体を、どうするつもりなんだ?」
暗がりから、突然炎が燃え上がりその次の瞬間には燃えるような赤髪の女が玉座の間に現れた。
肌の色は青く、目は金色、頭からは角が生えている。
火炎を自在に操る魔族の女、アグニエラだ。
そしてそのアグニエラは、玉座に座る人影とウムブラを交互に睨んだ。
「事と次第によっちゃあ……テメェの存在を燃やし尽くすしかねぇんだが?」
気怠げに話すアグニエラだが、その視線から放たれるのは間違い無く殺気だ。
「フフフ……それは困りますねぇ」
クツクツと不敵に笑うウムブラに対し、アグニエラは時間が経つ毎に不機嫌になって行く。
「ですが、これも私の悲願成就には欠かせぬ事ですので……」
「悲願の為なら、魔王の身体を弄くり回しても良いってか?――ざけんなよ、不良品」
怒る姿は猛る炎の様、そう人間に恐れられるアグニエラが、静かに、冷徹に怒っていた。
そう、玉座に座る何かは、アグニエラが知る魔王の姿に相違なかった。
「気に入らねぇ気に入らないとは思っていたがよ、まさかここまでとはな。テメェ、もう死ねよ」
炎の斧槍を作り出したアグニエラがウムブラに向けゆっくりと歩き出す。
ウムブラとアグニエラ、同じ公爵級でありながらその実力は雲泥の差がある。
そもそも魔族の爵位とは単純にその者の強さだけではなく、どれだけの数の兵力を持っているかの目安である。
故に爵位が高くとも弱い魔族はいるし、強くとも爵位の無い者は多い。
だが、たが公爵級だけは、そんな枠組みを大きく逸脱した存在なのだ。
一人で国を落とし、一人で地形を変化させたり……一騎当千、彼らの存在こそ軍団なのだ。と。
翻ってウムブラ本人はそこまでの強さは持っていない。
人間を超越してはいるものの、公爵級であると言うには余りにも弱い。
では何故ウムブラが公爵級などと呼ばれているのか。
「フフフ……、恐い恐い。致し方ありませんねぇ……邪気転生」
それは、ウムブラの所有兵力が他の魔族達に比べ桁が一つ二つ違うレベルだからだ。
下位魔族が十の単位、上位魔族が数百の単位に対して、ウムブラの所有する兵力は一億をゆうに越えているのだ。
ウムブラが片手を挙げると、アグニエラとウムブラの間に黒い影を物質化したような塊が現れる。
影は最初は小さかったが、何かを取り込み肥大化していく。
「ふん……」
それを見たアグニエラの反応は淡白な物だった。まともに戦おうとする気概すら、湧いてこなかった。
アグニエラは歩みを止め、炎の斧槍を薙ぐように振った。
すると炎が燃え上がり、地を這う蛇のように炎がウムブラに駆ける。
刹那、影が走り、その炎を遮った。
「……へぇ」
アグニエラの口元が吊り上がる。
その影は人の形をしていた。
フルプレートの鎧でありながら動き安いよう作られた黒の鎧に、身の丈をゆうに越す槍を片手に持つ、騎士のような姿。
「フフフ……対勇者用にと用意した駒ですが、お気に召したでしょうか?」
不敵に笑うウムブラに、アグニエラは無言を返した。
しかしその表情は新しい獲物を見つけた狼のそれだ。
俄然やる気を出したアグニエラが構えを取ると、その黒い騎士も槍を構える。
そして数秒間が空き、アグニエラが今まさに駆け出そうとした時にその声がアグニエラの耳に止まった。
「何をしているのかしら、アグニエラ」
「アクアディーネ……テメェには関係ねぇ」
流れるような美しい青い髪に羊のような角を持った魔族の女、アクアディーネが姿を現したのだ。
新しい獲物を目の前に声を掛けられ、アグニエラの機嫌が一気に悪くなった。
「そうも行かないわ。ウムブラにはやって貰わなくてはならない事がたくさんあるの。貴女なんかにかまけている暇はないわ」
諭すような口調でアクアディーネは言ったが、それが逆に癪に触ったのかアグニエラの表情が更に険しくなった。
「あ?オレの行動に口を出すのかテメェ」
「こっちの邪魔すんじゃないって言ってるのよこの脳筋が」
「……殺す。殺してやるよアクアディーネ」
「ハッ、口を開けば殺す殺すと、程度が知れるわよ」
炎の斧槍をもう一つ作りだし両手で構えたアグニエラに、アクアディーネは武器も構えずに笑う。
「――死ね」
炎の斧槍を構え走り出そうとその瞬間、
「!?」
アグニエラの頭上から稲妻が走った。
「……テメェ、トーニトゥルス!!」
稲妻を斧槍で防いだアグニエラが吼える。二度も戦いの邪魔をされアグニエラの機嫌が最悪にまで落ち込んだ。
「然り、我が名トーニトゥルス」
バチリと音を立ててその魔族はその姿を現した。
一角の魔族、トーニトゥルス。最速を誇る魔族だ。
お待たせしました、最新話です。
完全に前の時の焼き回しですが、魔城ではいつもこんな感じになってる感じなので問題無しです。
今回は少し長いので前後で分けさせてもらってます。
ではまた次回。お楽しみにー。




