同盟2
城門をくぐると、歓声が壁の内側まで追いかけてきた。
前庭には、城の者たちがずらりと並んでいた。侍女たち、料理人、厩番、書記官。ハーゲンが胸に手を当てて頭を下げ、その後ろで、誰かがもう泣いていた。
「おかえりなさいませ、陛下! 奥方様!」
クラリスが馬から降りようとすると、横からすっと手が差し出された。
ディートリヒだった。
ジルヴェスターのすぐ後ろにいたはずの彼はいつのまにか後ろに回ったようだ。
いつもの硬い顔のまま、無言で、手だけを差し出している。
「え……あ、ありがとう、ございます」
驚きながら手を借りると、彼は一礼して、さっさと行ってしまった。
するとすぐにニクラスが飛んできた。
「……ディートリヒ小隊長、一体どういうことでしょう。奥様の護衛は僕の仕事なのに」
隣で馬を引いていたニクラスが、不満そうに唇を尖らせた。整った顔台無しのその顔がおかしくて、クラリスは戦から初めて、声を出して笑った気がした。
「皆、聞いてくれ」
ジルヴェスターの声が、前庭に通った。
「リアンツァの友軍にも、可能な限り部屋を用意する。湯も食事も、うちの兵と分け隔てるな。……全員、まずは休んでくれ。」
城の者たちが弾かれたように動き出す——が、チェーザレが片手を上げた。
「ありがたいけど、遠慮しておきますよ」
彼は馬上のまま、にっと笑った。
「我が国はあのヴァルガリア帝国と国境面してるんでね。留守が長引くのは、どうにも落ち着かない。それに叔父上も——王も、報告を待ってる。さっさと帰ります。」
「……そうか」
ジルヴェスターは、短く頷いた。引き留めなかった。国境を預かる者同士、それが正しいとわかっている頷き方だった。
「なら、せめて食糧の補給だけはさせてくれ。空の荷で八百年ぶりの峠を帰らせたとあっては、アルダーンの名が廃る」
「それはありがたく受け取ります」
チェーザレは胸に手を充てた。
クラリスは、前庭でリタに見つかると、リタに腕を引かれて部屋へ戻った——正確には、引きずられて戻った。リタは廊下を歩きながら、ずっと何か言っていた。お顔の色が、とか、その手はどうなさったんですか、とか、聞いておりましたよ砦のこと全部、とか。言葉はぐちゃぐちゃで、順番も滅茶苦茶で、そして目が真っ赤だった。
「リタ」
「急に連絡がきて、陛下が深刻なお顔で西に向かった時の私の気持ちがお分かりになりますか?」
「そうだよね。ごめん。泣かないで。」
「泣いてなどおりません!」
部屋の窓から、前庭が見下ろせた。
荷馬車が次々と引き出され、麻袋と樽が積み込まれていく。パンの焼ける匂いが、ここまで届いた——厨房が総出で、持たせる分を焼いているのだ。
やがてリアンツァの五百騎が隊列を組み、荷馬車がそのあいだに連なった。
別れ際、あちこちで騎士たちが立ち止まっていた。
アルダーンの騎士とリアンツァの騎士が、腕を打ち合わせている。肩を叩き合っている者もいる。何かを言い合って、笑っている組もいた。数日前まで、八百年憎み合っていた者たちだった。
その端で、ディートリヒが、リアンツァの騎士に手を差し出されていた。
彼は一瞬——ほんの一瞬、ためらった。
それから、握った。
クラリスは、窓辺でそれをずっと見ていた。深紅の旗が門をくぐって小さくなっていくまで、見届けた。
湯は、天国だった。
砦の桶の湯も嬉しかったけれど、首まで浸かれる湯船は別物だった。強張っていたものが、指の先から順にほどけていく。リタが髪を洗ってくれながら(この手つきで、つい先日は夫が、と思い出して一人で赤くなった)、湯気の向こうでまた泣いた。
「今夜は、アルダーンだけでも祝賀の宴でございましょう。もうお城中がその支度で大騒ぎです」
湯から上がると、リタは俄然張り切り出した。
「さ、ドレスをお選びしませんと。勝ち戦の宴で、しかも奥方様は今回の……こほん。とにかく、皆が奥方様を見るのですから」
衣装部屋でリタがあれでもないこれでもないと戦っているあいだ、クラリスは鏡台の前にいた。
小箱の中に、髪飾りがあった。
婚礼のときに贈られた、小さな青い石のものだ。手に取って、鏡に向かって、そっと髪に当ててみる。右に。少し角度を変えて。
「——まあ!!」
背後の悲鳴に、飛び上がった。
振り返ると、ドレスを三着抱えたリタが、この世の終わりでも見たような顔で立っていた。
「な、なに? どうしたの」
「奥方様が……奥方様が、ご自分で、髪飾りを……!」
「そ、そんなに驚くこと?」
「驚きますとも!」
リタはドレスを放り出さんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「お輿入れから一年、装いのことなど本の頁ほどもご興味なかったお方が! 鏡の前で! ご自分から! ああ、リタは今日という日を忘れません。……それで、どういう風の吹き回しでございますか」
「……別に」
「別に、では通りません」
クラリスは、髪飾りを握ったまま、目を泳がせた。
「……その。ジルに、会うなら」
「はい」
「……きれいに、したいなと、思って」
声が小さくなる。言い切る前に、顔が熱くなった。
リタは、しばらく黙っていた。
それから、抱えていたドレスを丁寧に置き直して、腕まくりをした。目がまだ赤いのに、もう職人の目だった。
「お任せください」
その声だけ、少し震えていた。
<第一章完結>




