連合会議
ジルヴェスターは、剣を鞘に納めた。
気持ちを落ち着けるように息を吐いた。兜を外し金色の髪をかきあげながら、周りの騎士を見渡す。
「敵は全員、捕虜として砦の地下へ。武装を解け。……泥に沈んでいる者も、全員引っ張り出せ。一人残らずだ」
「はっ」
「手当ての要る者から順に運べ。こちらの負傷者と分け隔てるな。水と毛布を先に回せ」
淡々とした命令が、夜の戦場を駆けていく。兵たちが散り、あちこちで縄と担架が動きはじめた。
「場所は、砦の会議室を使いましょう」
ラウレンツが言った。
「狭いですが、火はあります。……皆さま、どうぞ」
一行が動き出そうとしたとき、ジルヴェスターがこちらへ歩いてきた。
武装したジルヴェスターは想像を超えて凛々しく、一瞬息を止めた。
ふと自分がだいぶ汚れた格好で、お風呂も入れていないことに気づき、慌ててスカートの汚れを叩き居住まいを正した瞬間——足が地面から消えた。
「えっ」
気づけば、抱き上げられていた。片腕が背に、片腕が膝の裏に。甲冑の冷たさが頬に触れて、そのすぐ内側から、彼の体温が伝わってくる。
「ジ、ジル?!」
「歩き方がおかしかった。……どこか、痛めているだろう」
間近で見下ろしてくる灰色の目は、戦場の色を残したまま、こちらのことだけを見ていた。
「背中か。手も、それは何だ。……赤く腫れて」
「これは、その、あとで説明します」
「毎度、無理をさせて申し訳ない」
彼はそう言って、歩き出しながら、額に唇を落とした。
クラリスはくらくらと身体が熱くなり、安心感から目頭が熱くなったが、隠すように彼の首に頭を埋める。
周りに、人がいるのに。ラウレンツもディートリヒも、初対面の王太子も、聖騎士までいるのに。
「……さすが、女たらしと名高いアルダーンの王だ」
チェーザレが、にやにやと笑いながら馬を降りた。
「戦場から戻って三分で女を抱き上げるとは。俺も見習いたいもんですなあ」
聖騎士は、何も言わなかった。
ただ、殆ど興味ないかのような無表情のまま、女をこんな場所に連れてくるのか、とでも言いたげな冷笑が、形の良い口の端に薄く浮かんでいた。
ジルヴェスターは、どちらも一顧だにしなかった。
クラリスを抱いたまま、まっすぐ砦へ歩いていく。
クラリスは、恥ずかしさで顔が上げられなかった。彼の肩口に顔を埋めるようにして、汗と鉄と煙の匂いの中で、早くつきますようにとだけ祈った。
砦の会議室は、二階の隅にあった。
飾り気のない部屋だった。分厚い木の卓がひとつ。壁に西部一帯の古い地図が張られ、隅の炉に火が入っている。壁際には槍が数本立てかけられたままで、卓の上には燭台と、書きかけの当番表が残っていた。会議室というより、詰所に卓を置いただけの部屋である。
それでも、火のある部屋は、それだけでありがたかった。
聖騎士は、ひとりだけで入ってきた。
扉の外で、部下らしきの騎士たちに短く何かを指示している。指示を受けた白銀の一団は、音もなく散っていった。
クラリスは、あらためて聖騎士を見た。
以前、城に聖国からの返書を運んできた使者がいた。あの静かで冷たい青年。目の前の騎士は、あの使者ではない。顔立ちも歳も違う。
それなのに、纏っている空気が、同じだった。
すらりと背は高く、体温を感じさせない静けさ。あの国の人間は、みんなこうなのだろうか。そう思ったら、勝手に背中が縮こまった。
男たちが、鎧を解いた。
籠手が外され、胸当てが卓の脇に立てかけられていく。金属の音が続いて、そのたびに部屋の中の圧が、少しずつ落ち着いていく。
火明かりの下に、素顔が並んだ。
我ながら、妙な眺めだと思った。
戦塵に汚れたまま、それでも輪郭の際立つジルヴェスター。金の髪が炉の火を受けて、鈍く光っている。その向かいで、椅子の背に片肘をかけて座るチェーザレは、野性味のある精悍さで、傷のある顔に浮かぶ笑みだけが妙に人懐こい。そして卓の端、背筋を伸ばして座る聖騎士は、銀の髪と暗い青の目のまま、彫像のように動かない。
種類のまったく違う美貌が三つ、ひとつの粗末な卓を囲んでいる。ここが戦場の隣でなければ、絵師を呼ぶべき光景だった。
そして、クラリスは。
「クラリス、ここに」
隣の椅子を引かれて、座らされていた。
座った途端、肩に腕が回ってきた。皆のほうを向いたまま、ジルヴェスターの指が、当然のように髪に触れはじめる。
「……ジル」
小声で言った。
「やめてください。会議です」
「ずっと離れていたんだ。いいだろう」
「よくないです」
「よい」
聞かなかった。肩に回された手の指は髪を梳き続けている。
卓の空気が、なんとも言えないものになった。
ラウレンツは天井を見上げ、ディートリヒは目を閉じて何かに耐えていた。チェーザレは頬杖をついて、心底面白そうにこちらを眺めている。
聖騎士の目は、氷より冷たかった。
部屋の温度が、二度ほど下がった気がした。炉の火が、心なしか細くなった。
「さて」
ジルヴェスターは、まるで気にしていなかった。袋に入った水を少し飲み込み口を開く。
「紹介しておく。妻のクラリスだ。……うちの参謀のひとりでもある。外の泥は、彼女の仕事だ」
チェーザレの眉が上った。
「妻?なんと王妃様でしたか。これは失礼しました。そしてあの沼が? ……道理で。帝国の兵士たちは、あれで半分死んだようなものだ」
そして立ち上がりわざとらしく敬礼し、以後お見知り置きを、とにんまりとした笑顔を向けた。
聖騎士はかすかに首をかしげ、暗い青の目が、初めて、まっすぐクラリスに向いた。
値踏みするような、長い一瞥だった。
「では——始めよう」
ジルヴェスターが、卓に身を乗り出した。
「まず、あなたの名前から伺おうか。聖騎士殿」




