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連合会議2


「まず、あなたの名前から伺おうか。聖騎士殿」


ジルヴェスターの問いに、銀髪の騎士は、わずかに顎を引いた。礼というには浅すぎる角度だった。


「セラフィン・クロア」


短い答えだった。


「アウレリア聖国、聖騎士団長を務めている」


短い返答なのに、優雅さがにじみ出る。


卓が、静まった。


ラウレンツの眉が、上がったまま止まった。ディートリヒは口を開きかけて、閉じた。チェーザレだけが、ひゅう、と小さく口笛を鳴らした。


「団長殿が御自らとは驚いた。」


クラリスも、驚いて騎士の顔を見直した。


団長。八百年、国から出なかった騎士団の、いちばん上に立つ人。それにしては——若すぎる。滑らかな肌にも、暗い青の目にも、年輪のようなものがどこにもない。ジルヴェスターと同じ歳頃にしか見えなかった。聖女の血を引くと、みんなこのような美しい見た目になるのだろうか。少し悔しくなって、唇を尖らせる。


そのまま呆けて顔を見ていると、隣のジルヴェスターが目線をクラリスに落とし、肩にかけた手に力を入れたのに気づいて、慌てて視線を正面に戻した。


「クロア卿、とお呼びすればよろしいか」


ラウレンツが、探るように言った。


セラフィンクロアは、答えなかった。


肯定とも否定とも取れない顔で、ただ冷たい目線をラウレンツに返しただけだった。ラウレンツが、珍しく居心地悪そうに姿勢を直した。


「時間が惜しい」


セラフィンクロアは、卓に着くと、問われる前に話しはじめた。


「我々は、すぐに聖国へ戻る必要がある。先にこちらから伝える」


そして、口を挟むなというように、卓をぐるりと一瞥した。


「春、貴国から我が国へ使者が来た。返書は届いているはずだ。——時が満ちれば、騎士団を遣わす用意がある、と。時は満ちた。それが、我々がここにいる理由のすべてだ」


抑揚のない声が、淡々と続く。


「聖国は、魔人の兆候を検知した。帝国と魔人のあいだに交流があると、我々は確信している。よって、協定に基づき、帝国軍の将の身柄は聖国が預かる。魔人に関わる一切の裁定は、聖国に委ねられている。八百年前、各国の署名によって。……以上だ」


言い終えると、彼は口を閉じた。


伝達は済んだ、あとは従え——そういう閉じ方だった。


沈黙を破ったのは、ディートリヒだった。


「……お待ちいただきたい。魔人とは、御伽噺の魔人のことを仰っているのか」


セラフィンの目が、億劫そうに、声の主へ動いた。


「御伽噺」


彼は、小さく息を吐いた。仮面のように表情のなかった瞳に冷笑が浮かぶ。


「八百年前に実在し、大陸を焼き、討伐された。貴国にも記録はあるはずだが。……読んでいないだけで」


ディートリヒの頬が、こわばった。


「帝国との関与の根拠は」


ジルヴェスターが、間を置かずに訊いた。


「言う必要が?」


「ある。あなたは、うちの民を多く殺した男を連れていくと言っている。理由もなしに頷ける話ではない」


セラフィンクロアは、しばらくジルヴェスターを見た。


値踏みするような、長い沈黙だった。それから、仕方なさそうに指を二本立てた。


「聖国には、魔人の兆候をつかむ方法がいくつかある。だが……二つだけ共有するとしよう。ひとつ。魔獣の増加。この十年、大陸中で魔獣が増え続けている。繁殖でも餌でも説明のつかない増え方だ。そして貴国も見つけた、獣の焼印——の魔術。あの手のものを獣に刻んで使役する技は、魔人のものだ。……つまり、魔人はすでに動いている」


クラリスは、膝の上で手を握った。頭の中が魔獣の焼印に戻る。焼印が魔術?あれはどうみてもただの管理番号に過ぎなかったはずだ。だが、考えが深まる前にセラフィンが続ける。


「ふたつ」


セラフィンクロアの深い青の瞳が、まっすぐにジルヴェスターを見た。


「その焼印を持つ獣が、帝国の領内で確認されている。……我々の調査でだ。閉ざされた国境の内側で、魔術を刻まれた獣が飼われ、群れごと外へ放たれている。貴国の峠に現れた獣も、追跡すれば出所は同じはずだ」


魔人の技が、帝国の中で使われている。


その一言が、卓の上の全部を繋いだ。増え続けた獣。北から来る群れ。刻まれた番号。五年閉ざされた国。


「魔人と帝国の関係——それを確かめるのが、我々の務めだ」


セラフィンクロアは、目線を机に落とした。


「話せるのは、ここまでだ。これより先は、聖国の領分だ。諸国が知る必要はない」


「必要は、こちらが決める」


ジルヴェスターの声が、低くなった。


「あの将が知っていることは、我々の生き死にに関わる。ラーゲン高原をどう渡ったのか、帝国の兵力。次の攻め手。……連れていく前に、こちらの尋問を通していただく」


「断る」


即答だった。


「協定を読め。あれは聖女、エルフ、貴国の王によって取り決められたことだ。」


セラフィンクロアは、それで話は終わりだというように、椅子を引いて立ち上がった。


「では、我々は将の移送の支度が——」


最後まで、言えなかった。


椅子の倒れる音がした。


気づいたときには、ジルヴェスターが卓を回り込んでいて、セラフィンの胸ぐらを掴み、そのまま石壁に叩きつけていた。


どん、と鈍い音が部屋を揺らした。壁の槍が、一本倒れた。


「陛下!」


ラウレンツが弾かれたように立ち上がり、駆け寄る。ディートリヒも腰を浮かせた。チェーザレだけが、面白いものを見るように、座ったまま目を細めていた。


クラリスは、声も出せなかった。


「……四十七人だ」


壁に押しつけたまま、ジルヴェスターは言った。低く、絞り出すような声だった。


「この戦で死んだ、うちの兵の数だ。……なぜ死んだのかを知る男を、お前たちは黙って持っていくと言うのか」


「陛下、お手を——」


ラウレンツが腕にすがったが、ジルヴェスターは動かなかった。


セラフィンクロアも、動かなかった。


胸ぐらを掴まれ、壁に背を打ちつけられたまま——騎士は、抵抗ひとつしなかった。剣に手も伸ばさない。息ひとつ乱していない。


ただ、暗い青の目が、間近からジルヴェスターを見返していた。


怒りも、恐れも、そこにはなく、静かに眺めている目だった。


「……気は済んだか」


やがて、セラフィンクロアは言った。


壁に押しつけられた姿勢のまま、声だけは、卓に着いていたときと寸分変わらなかった。


「あなたの四十七人は、気の毒だと思う。だが、順番を間違えるな。……彼らを殺したのは、我々ではない」


ジルヴェスターの手が、震えた。


長い、長い数拍のあと——指が、ひとつずつ、ほどけた。


セラフィンクロアは、乱れた襟を、何事もなかったかのように直した。

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