↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/56

北西の砦

面白いと思っていただいたら評価とブクマお願いいたします!

日々更新予定です。(修正の可能性もあり)

夏の街道は、思っていたよりずっと気持ちがよく、馬の上で大きく息を吸う。


麦畑がどこまでも続いていて、風が渡るたびに、穂が一斉に傾いて戻る。空が高い。汗はかくが、山道のような息苦しさはなかった。


「奥様、姿勢がよくなられましたね」


二日目の昼、ミラが馬を並べてきた。


「そうですか?」


「はい。以前は鞍の上で腰が逃げておりました。……いまは、馬の歩きに合わせておられます」


たしかに、前のように太腿の痛みは感じなくなっていた。


北山脈への遠征も、少しは報われたらしい。


ニクラスが後ろから口を挟んだ。


「はい、速さも十分になられてますし。魔法も素晴らしいのに……。一部の騎士のあいだでは、戦の女神だなんて言われてるんですよ」


またニクラスが妙なことを言っていて、恥ずかしさで身体が固まる。


隣にいたミラは、その二人の様子を見て、笑いを我慢するかのように前を向き続けていた。




北西の砦に着いたのは、二日目の夕方だった。


丘の上に、石積みの壁。以前見たときは一部崩れていたが、いまは新しい石が積み直され、足場が外されたばかりの箇所は色が違っていた。壁の上を、兵が歩いている。


門をくぐると、ラウレンツが待っていた。


「ようこそ、我らが辺境の宿へ」

ラウレンツは笑顔で両手を広げた。



「お世話になります」


「麓の宿にお泊まりいただく案もあったのですが、陛下のご希望で。……近ごろは街道に獣が出ます。壁の中のほうが安全でして」


「お手間をかけてしまって、申し訳ないです」


「いえいえ! 外套の奥様のためとあれば、騎士たちは喜んで働きますよ。それに、村を回るにも、ここを拠点にされたほうが早うございます」


ラウレンツは胸を張り、大したことないと言わんばかりに話した。




案内された部屋は、簡素だった。


石の壁に、木の寝台。卓がひとつと、椅子が一脚。窓は細く、鎧戸がついている。それだけの部屋だった。


ただ、床は掃き清められていて、寝具は真新しい。壁の隅の埃まで払われていて、丁寧に用意されたことが感じられた。


あとでこっそり見知らぬ騎士に聞くと、三日かけて用意したことがわかった。女の泊まる部屋など、この砦には初めからないのだ。


クラリスは、少し申し訳なくなった。壁を直し、矢を積み、日々やるべきことが山ほどある場所で、三日を物置の掃除に使わせてしまった。


部屋には湯殿はなく、運び込まれる桶の水で身体を洗うしかなかったが、文句など言える状態ではなかった。


話しかければ笑顔で答えてくれるものの、砦にいる騎士や兵たちの顔には常に緊張が走っていて、戦が近いことを嫌でも感じた。




夕食のあと、ラウレンツが砦を案内してくれた。


一階は、詰所と厨房。分厚い扉の向こうが食糧庫で、麦の袋が天井近くまで積まれていた。塩漬けの肉が吊るされ、干した豆の樽が並んでいる。


「どれくらい保ちますか」


「百五十人で、四十日は大丈夫かと。ただ、兵糧攻めに遭うことはないでしょうから、十分でしょう」


聞いたものの、戦の知識がなかったため、クラリスはこくりと頷いた。


食糧庫の隣に、広い地下室があった。がらんとしていて、床に藁が積んである。


「ここが避難所ですか?」


「はい。麓の村から人が上がってきたら、ここに入れます。……三百人は入りますな。詰めれば四百」


クラリスは、その空間を見渡した。


天井が低い。窓はない。三百人が座って何日も過ごす場所には、とても見えなかった。ここで戦いが終わるまで待つことになる。麦畑で話したおばあさんの顔を思い出し、胸が重くなった。


「……こんなに入るんですね」


「入るだけです。快適ではございません」


ラウレンツは、めずらしく淡々と言った。


「ですが、壁の中にいれば死にません。それだけのために、こういうものを作ってあるので」


その後、砦の壁の上に登ると、視界が開けた。


夕暮れの空の下、なだらかな斜面が下へ続いて、その先に荒れた土地が広がっている。草が薄く、岩が混じっている。


そして、ずっと向こうに、山の切れ目が見えた。


「あれが峠ですか」

クラリスは見ながら胃が重くなる。


「さようで」


「……近いんですね」


「近くはありません。三里ほどございます」


ラウレンツは、手をかざした。


「ただ、遮るものがないのです。この砦は、峠を見るために建っておりますので。……あそこに何か動けば、こちらは必ず気づきます」


「気づいてから、どのくらいで敵は来られるのですか」


「歩兵なら半日。騎馬だけなら、もっと早いでしょうな」


半日。


クラリスは、その斜面をもう一度見下ろした。


薄い草。岩混じりの土。傾斜は緩い。馬が駆け上がるには十分な緩さだった。


「奥様、ご心配なく!」


ニクラスが、明るい声を出した。


「いまはここに百五十人もいるんです。前は五十だったんですよ。しかも壁も直りましたし、矢も石も山ほど積んであります。……何かあっても、まったく問題ありません」


ニクラスの明るい答えに、クラリスは少しだけ微笑んで返したが、不安は消えなかった。



最後に案内されたのは、地下だった。


食糧庫のさらに奥。低い扉があって、その向こうが細い通路になっている。ラウレンツが燭台を持って先に立った。


「陛下から、お聞きになっているかと」


「隠し通路のことですね」


「さようで」


通路は狭かった。二人並んで歩けない。天井が低くて、ラウレンツは背を丸めている。石を積んで作られたもので、ところどころ、水が滲んでいた。


「どこへ出るんですか」


「峠と反対の側でございます。丘の裏の窪地に。……藪で塞いでありますので、外からは見えません」


「わざと反対に?」


「そうです。攻め手は峠の側から来ます。反対側なら、囲まれても抜けられる」


クラリスは、暗い通路の先を見た。


冷たい空気が流れてくる。どこかで、外と繋がっているのだ。


「ただし」


ラウレンツが振り返った。


「囲まれてからでは遅うございます。相手が丘全体を回り込めば、この出口も塞がれます。……使うなら、早い段階でということで」


そこまで話して、彼は少し考えてから続けた。


「まあ、使うことはないでしょうな」

面白いと思っていただいたら評価とブクマお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。