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旅立ち

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その晩、クラリスは机の上に、二つの石を並べていた。


谷から戻ってきた日に、石の片方をジルヴェスターから受け取った。またどちらかに危険が迫るときには使おうと思い、それをそのまま引出しに入れていたのだ。


ジルヴェスターやリアンツァ王太子のチェーザレの戦略がうまくいけば、しばらくは膠着状態であるはずだし、戦が始まるにしてもリアンツァからの連絡で帝国がくるまでに数日の余裕ができる。



もう危険を感じながらジルヴェスターと離れ離れにはなりたくない。早く終わらせて早く城に戻ろうと強く思い、机に出した石を握りしめた。


今回の旅中にジルヴェスターに危険が起こる可能性は低いだろうと、願いを込めながら、机の引き出しに戻した。



すると、部屋のドアが開いた。見ると珍しくジルヴェスターが早い時間に戻ってきたようだ。


クラリスを見つけるとふと笑をみせた。

久しぶりに顔を合わせたジルヴェスターの顔には疲れが滲み出ていたが、なぜか美しさは研ぎ澄まされていってるように感じた。


「明日から、十四日だな」


「はい。行きに二日、村を回って十日、帰りに二日、予定どおりなら、それくらいです」



「そうか。」


ジルヴェスターはそう言いながら、暖炉の前の長椅子に座り、クラリスを手招きし、クラリスは隣に座る。


「クラリス、西部についたらまずラウレンツに会って、砦での避難場所を確認してくれ。」



クラリスは、ジルヴェスターの深刻そうな顔に少し驚いた。危険があるとすれば北東の砦で、何かあれば支援に向かうジルヴェスターの方ではないか。



私がいない間に、北東で何かあると予測しているのだろうかと心配になり、顔を覗き込む。

クラリスは彼の灰色の目が、暖炉の火を映していないことに気がついた。光っているのに、暗かった。



「分かりました。万が一には備えます。それより」


クラリスは、なるべく明るい声を出した。


「わたしが留守のあいだ、北東で何もありませんように」


クラリスは思わずジルヴェスターの手を握っていた。


暖炉の薪が、小さく音を立てた。


ジルヴェスター何かを考えるようにしばらくして口を開いた。


「東西共に、砦の地下から外に繋がる隠し通路がある。使うことはないとは思うが、ラウレンツから念の為、場所を聞いてくれ。」



クラリスは緊張した顔で頷いた。



こんなにも要らぬ心配をしているこの人のほうが、何か危ういことに巻き込まれる気がして、胸の奥がざわついた。それを何とか無視するように笑顔を保つ。


私のことを心配するよりも、自分のこと、国のことを優先して欲しかった。



「分かりました。私の方は心配しないでください。早く終わらせて戻りますから。」



しばらくして、ジルヴェスターが小さくため息をついた。



そして、黙って抱き寄せた。



腕に力がこもった。息が詰まるほどだった。背中に回された手が、肩甲骨のあたりを一度だけ強く握って、それから緩んだ。


クラリスは、彼の胸に顔を押しつけたまま、目を閉じた。



やがて、腕がほどけた。



「……無事に仕事を終わらせて、帰ってくるのを待っているよ」



額に、軽く唇が落ちた。



「まだ執務が残っている。朝は、送りに出る」


「はい」


扉が閉まってから、クラリスはしばらく長椅子に座っていた。


暖炉の火が小さくなっていく。


出発は明日の早朝だ。

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