(ジル視点)残された天幕
南回りの道は、思ったより荒れていた。ジルヴェスターは、魔法師がちゃんとついて来られているか、時々振り返って確認した。
倒木を三度越え、崩れた斜面を馬から下りて曳いた。半日ぶん余計にかかる、とハーゲンが言っていたのは、控えめな見積もりだったらしい。
ゴブリンには、二度出くわした。
一度目は八匹。谷筋の岩陰から湧いて、隊列の後ろへ回り込もうとした。ディートリヒが先に気づいて、後ろを固めた。
「深追いするな。抜けるぞ」
ジルヴェスターの声で、隊は止まらなかった。斬らずに済むものは斬らず、道を塞ぐものだけを落として、そのまま駆け抜けた。
二度目は、群れが遠くを横切っただけだった。こちらに気づいた様子はない。
「南で正解でしたな」
夜、火のそばでハーゲンが言った。
「北なら、いまごろ二度は本気で当たっておりました」
ジルヴェスターは、じっと火を見ていた。
谷が見えたのは、三日目の午後だった。
前に来たときと、地形は何ひとつ変わっていない。浅い谷底を、細い川が流れている。夏なので水は増えていたが、渡れないほどではない。
対岸に、リアンツァの陣があった場所が見えた。
天幕は、ない。焚き火の跡と、踏み固められて色の変わった地面と、獣避けの杭が数本、傾いたまま残っている。あれから半年、誰も手をつけていないらしい。
「引き払っておりますな」
ハーゲンが言った。
「……いや」
ジルヴェスターは、目を細めた。
跡地の端に、一張りだけ、天幕が残っていた。
小さく、色も褪せている。周りの草が伸びていないところを見ると、放置されたものではない。
「陛下。私が先に」
ディートリヒが前へ出ようとするのを、ジルヴェスターは手で止めた。
「二人でいく。ハーゲン、残りは馬とともに川のこちらで待て。……何かあれば、僕を置いて退がれ」
「そのご命令は、承れません」
「知っている。言っておくだけだ」
音を立てないよう、川を渡った。水は膝までしかなかった。
天幕まで、二十歩。十歩。
布の合わせ目が、内側から動いた。
ディートリヒの手が剣にかかる。ジルヴェスターは、それも手で制した。
そこにはヴィルスがいた。




