クラリスの準備2
出立は、四日後と決まった。
その晩、クラリスは寝台の端に座って、ぼんやりと数を数えていた。
三日で着く。会談に一日か二日。帰りに三日。早くて八日、遅ければ十日。
十日、この城で待つ。
峠へ討伐に出たときは六日だった。あのときは自分も一緒だったから、待つ側の時間を知らない。知らないまま、中庭で泣いていたリタの顔だけを覚えている。
——耐えられるだろうか。
正直、自信がなかった。
板を見ても、何もわからない。報せが来るとしたら、それは何かが起きた後だ。無事なら、たぶん何も来ない。何も来ないことを、無事の証しとして八日間信じ続ける。それは思っていたよりずっと難しそうだった。
そこまで考えて、クラリスは、ふと顔を上げた。
机の抽斗を開けて、布の包みを取り出す。
対の石だった。
二つ。卓の上に並べて置く。ルークと遊んだあの日から、ずっとしまいっぱなしになっていた。
両方が同時に、同じ式を通すと反応する。片方だけでは何も起きない。だから使い道がない、と自分でも思っていた。
——使い道が、ないだろうか。
指先が冷たくなるのを感じながら、クラリスは石を握った。
八百年前、これを作った人たちは、何のために作ったのだろう。二人で同時にやらないと動かない、そんな面倒な道具を。
宴の余興だと、ルークは言った。
けれど、余興のためにわざわざ対で組む理由があるだろうか。同時にやらなければ動かないというのは、欠陥ではなく、そういう約束をするための仕掛けだったとしたら。
離れた場所にいる二人が、時刻を決めて、同時に石に触れる。
輪が出れば、向こうは生きている。
出なければ——。
翌朝、クラリスは書庫の隅の、いちばん奥の卓に石と紙を並べた。
長椅子からは、棚の陰になって見えない場所だった。わざわざそこを選んだ自分に気づいて、少し情けなくなる。
だって、言えるわけがない。
夫が心配だから、そのためだけに古代の式を書き直しています——などと、あの男に言えば、どんな顔をされるか。想像するだけで顔が熱くなった。
確かめなければならないことが、三つあった。
一つ目。どのくらい離れても効くのか。
城の中で試したことしかない。谷までは馬で三日。あの距離で届くのかどうか、まったくわからない。
二つ目。時刻を、どう合わせるか。
これは、たぶん答えがある。日の出と、日の入りだ。時計がなくても、空を見れば合わせられる。多少ずれても、しばらく通し続けていれば重なるはずだ。
そして、三つ目。
これがいちばん厄介だった。
「……あの人、式が組めない」
呟いてから、頭を抱えた。
ジルヴェスターは魔法師ではない。剣に刻んだ触媒式へマナを流すことはできても、火の式を自分で組むことはできない。ルークと遊んだときのように、両方が同じ式を通すという前提が、そもそも成り立たない。
なら、式を通さなくても動くようにするしかない。
マナを流し込むだけで、対が反応する形。
できるだろうか。第五節の弁を外したときのように、入口の条件を緩められないか。式を読むのではなく、ただ「同じだけのマナが同時に入った」ことだけを見に行く形に。
紙を広げて、羽根ペンを取った。
長椅子のほうから、あくびの音がした。
「奥様。今日は板を触っていませんね」
「……」
「何をしてるんです」
「……たぶん、無駄なことです」
ルークはちらりとこちらを見たが、そのまま、また寝てしまった。
クラリスは息を吐いて、紙に向き直った。
期限は、三日だった。




