クラリスの準備
選抜隊は、翌日には決まった。
十人。ハーゲンとディートリヒ、それに騎士が七人。最後の一人は、ルークの下の魔法師だった。ワイバーンのときに中庭で傷を塞いでいた、痩せたほうの青年である。
「回復と、追跡の板が読める者を一人。……それだけは譲れません」
ルークが軍議でそう言って、あっさり通った。
「あなたは行かないんですか」
書庫でクラリスが訊くと、彼は長椅子から片手を上げた。
「いつも通りですよ。またワイバーンが来たら、どうするんですか」
あの日、この窓から見えた影を思い出して、身体が震えた。
その様子をちると見て、ルークが続ける。
「まあ、ワイバーンはきっと来ませんけどね」
「どうしてそう思うんですか」
彼は大きくため息をついて、やれやれという仕草をした。
「あれから一度も来ないからですよ。あのときのワイバーンも、動きがいまいちでした。……魔獣を操るというのが、きっとそう上手くいっていないのでしょう。帝国なのかリアンツァなのかは知りませんが、そんな技術は今まで聞いたこともない。そう簡単にできるはずがありません」
そこで彼は、一度言葉を切り、目をキラリと光らせた。
「……ただ、警戒しないといけないことは確かですが」
本当かどうかはわからなかったが、ルークが言うと、そんな気がしてくる。
出立の支度は、あっという間に進んだ。
谷まで、馬を飛ばして三日。会って、話して、帰ってくるとして、往復と滞在で八日か九日。
八日。
その数字を聞いてから、クラリスはそればかり考えるようになった。
その日から、彼女は書庫の卓に、追跡の板を並べるようになった。
北の峠に埋めた石は、まだ生きている。板に触れれば、どの石が動いているかがわかる。獣が通れば反応が返り、誰も通らなければ、何も起きない。
朝、起きたら見る。昼に見る。夕方に見る。
いま、あの谷の周りに大きな動きはない。人も、獣も。それだけを確かめて、板を置く。置いてから、しばらくして、また触る。
「奥様」
三日目に、ルークがとうとう口を開いた。長椅子から、横目でこちらを見ている。
「今日で、何度目です」
「……七度目です」
「正直でよろしい」
彼は身を起こした。
「心配しても、何にもなりませんよ」
「わかってます」
「わかってませんね。……その板は、獣が通れば教えてくれます。ですが、陛下が無事かどうかは、何も教えてくれません」
言われて、クラリスは手を止めた。
そのとおりだった。網が拾うのは重さだけだ。あの谷で何が起きても、板の上には何も出ない。誰が生きていて、誰が倒れたかなど、この式は一言も言わない。
わかっていて、触っていた。
「……何かしていないと、落ち着かないんです」
「でしょうね」
ルークは、それ以上は言わなかった。




