ジルとの会話2
「さて、クラリス。どうした。向こうに座ろうか」
長椅子と低い卓のある一角へ移る。彼が長椅子に腰を下ろすのを見て、向かいに座ろうとしたら、ぐっと腕を引かれて隣に座らされた。
「近ごろは、愛しい妻を見ると我慢が利かなくてね。……で、灌漑の式の話かな。ぜひ聞かせてくれ」
髪に触れられたまま言われて、クラリスは咳払いをした。
完成したことと、設置に行きたいことだけを、端的に話そう。そう心に決めて、口を開いた。
が、話しはじめると、いつものように止まらなくなった。
五つの村で土が違うこと。この式は水を生み出すのではなく、地中の水を引き上げて撒くものだから、水脈までの距離も考えに入れる必要があること。砂の村では水が抜けすぎ、粘土の村では溜まりすぎること。同じ板で両方を成り立たせるために、係数を七通り試したこと。最後は、土の乾きを時間ではなく、抵抗の変化率で読ませることにしたこと。
ジルヴェスターは、口を挟まずに聞いていた。
「——なので、村ごとに式を書き直さなくて済みます。石の数だけ変えれば、同じ板が使えます。工房の負担も減りますし、壊れたときの替えも利きます」
そこまで言って、ようやく息をついた。
「……すみません、また喋りすぎました」
「いや」
彼は笑っていた。
「それで、この魔道具を、また西部に設置しに行きたいんです。たぶん、一週間ほどかかると思います」
そう言った途端、ジルヴェスターの表情が硬くなった。
「……正直、今の北西部は安全とは言えない」
考えるように、彼は続けた。
「ヴィルス王太子からの返答を待てるか。その中身を見てから判断したい」
もちろんです、とクラリスは強く頷いた。
それを見て、安心したように彼は言った。
「この国のために、一緒に考えてくれてありがとう。……同じ方向を向いてくれる人が妻でよかった」
部屋に戻ってからも、その言葉が耳に残っていた。
この国のために。
寝間着に着替えて、寝台の端に腰かけて、クラリスはぼんやりと窓の外を見ていた。夏の夜は明るくて、まだ空の端に薄い青が残っている。
——正直、そうではない。
勝手に遊んでいた魔法式に、使い道を見つけてくれたのはルークだ。西部の畑を見に行こうと言ったのも、彼だった。
それに——。
西部の土を掘っていたとき、頭にあったのは何だっただろう。村の人たちの顔も、たしかにあった。麦が増えれば、誰かが冬を越せる。それも本当だ。
でも、いちばん最初にあったものは。
執務室で「ありがとう」と言われた瞬間、胸のあたりが熱くなった。あの熱さのことを、彼女は知っている。祝詞を読んだとき、壇の下から彼が見上げていた、あのときと同じものだ。
ジルヴェスターに喜んでもらいたくて、やっているだけかもしれない。
そう思ったら、少し後ろめたくなった。国のためだと言われて、素直に受け取れなかった。褒められて嬉しかったぶんだけ、後ろめたい。純粋に民のことだけを思って動いている人が聞いたら、呆れるだろうか。
それでも、と思う。
いつか、あの人が言ったように、同じ方向を見られるようになれたらいい。
そして、あの人が抱えている孤独を——半分とは言わずとも、少しでも背負えるようになりたかった。




