準備
その後すぐに城内は慌ただしくなった。リアンツァとの戦に備えて動き出したのだ。
北の掃討に出ていた隊が戻り、東の街道警備が引き上げ、南の見回りが順に城へ向かってくる。王国騎士団千二百のうち、地方に散っていた者たちが、少しずつ帰ってきていたのだ。
城が、目に見えて埋まっていった。
敷地の西にある兵舎は、平時なら半分も使われていない。それが十日ほどで一杯になり、それでも足りず、厩の裏に急ごしらえの小屋が建てられた。食堂は二交代になり、洗濯場は朝から晩まで湯気を上げている。
といっても、クラリスの日常はそれほど変わらなかった。城のことはオズヴァルトがすべて仕切っているし、彼女にできるのは、走り回る侍女たちを窓からぼんやり眺めることくらいだった。
城の中は賑やかになったが、魔人や帝国の懸念もある幹部陣の顔は厳しかった。
夜、ジルヴェスターが戻ってきたのは、いつもより早い時刻だった。
上着を椅子に投げて、そのまま寝台の端に腰を下ろす。近ごろは、この順番が決まっている。
「クラリス。少し、聞いてほしい」
「はい」
「しばらく、城内でもひとりで歩き回るのはやめてくれ。ニクラスをつける。書庫への行き来もだ」
顔を上げると、彼はめずらしく真面目な顔をしていた。
「兵が増えたからですか」
「そうだ。……悪い連中ばかりではない。むしろ、大半はまじめだ。ただ、千二百人も集めれば、必ず何人かは酒で人が変わるし、賭けごとで揉める。城下でも、この十日で喧嘩が四件出ている」
クラリスは少し考えた。無駄に心配をかけるわけにもいかない。
「……わかりました。気をつけます」
「いい子だ」
彼は手を伸ばして、髪を耳にかけた。それから、そのまま首筋のあたりに顔を寄せてくる。
「陛下、あの」
「ジルだ」
「……ジル。まだ話が」
「また明日聞かせてくれ。今はとにかく、癒しが欲しい」
耳に息がかかって、身体が熱くなる。灌漑の魔法式について少し話したい気もしたが、彼の顔が疲れているのが見えて口をつぐんだ。
クラリス自身も魔法式を考える以上に、彼と身体を重ねる喜びを感じてしまっていることに驚きつつ、そのあとすぐに何も考えらえれなくなった。
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