軍議
翌朝、オズヴァルトがいつもの書き付けを持ってきた。
「軍議は毎週水曜日、夕刻からでございます」
「……本当に、入れてもらえるんですね」
「陛下より、本日早朝にご指示がございました」
恥は掻き捨て大作戦が成功したことに、ほっと胸を撫で下ろした。
軍議の間は、思っていたよりずっと狭かった。
謁見の間のような広さを想像していたのに、長机がひとつと、椅子が十ほど。壁一面に地図が貼られ、その上にさらに紙が重ねて留めてある。
参加しているのはリーダークラスの騎士たちのようで、全員がラフな格好をしていた。ハーゲンは訓練用の胴着のまま、腕を組んで壁際に立っている。ラウレンツは椅子を後ろ向きに跨いで座り、背もたれに顎を乗せていた。ヴィムは机の端で、なぜか短剣の手入れをしている。ディートリヒだけが襟をきちんと留めていたが、その彼も上着は脱いでいた。
ルークに至っては、いちばん奥の椅子で堂々と寝ていた。
「……あの、遅れましたか」
「いえ、まだです」ラウレンツが顔を上げた。「陛下は毎回、少し遅れて来られます。我々が言いたいことを言い終わるのを待っておられるので」
「言いたいことを?」
「先に喧嘩を済ませておけ、ということでしょうな」ハーゲンが低く言った。
なるほど、とクラリスは思った。この部屋の雰囲気が、貴族の茶会よりよほど気楽なのは、そのせいらしい。
立ったままでいると、向かいのルークが片目だけ開けた。
「よく許可が出ましたね」
「え」
「陛下は、あなたを戦のことに一切近づけたくなかったはずですが。討伐に連れていくのも、最後まで渋っておられた。……どうやって説得したんです?」
すぐには答えられず、自分の指先を見て、顔に出さないようになんと説明しようかと考えていると、ラウレンツがおもむろに椅子から立ち上がった。
「何でもいいので、お座りください」
そう言って、机の隅に近い椅子を引いてくれる。助け舟を出してくれたようだ。
そのとき扉が開いて、ジルヴェスターが入ってきた。
「揃っているな。……悪い、遅れた」
全員が姿勢を正す——かと思えば、誰も立たなかった。ヴィムに至っては短剣を磨く手も止めない。ジルヴェスターも気にせず、当たり前のように上座に座った。
クラリスだけが、慌てて立ちかけて、中途半端に座り直した。
「クラリス、そのままでいい。ここではそういう作法はない」
「はい。ありがとうございます、ジ、ジルヴェスター」
部屋の空気が、一瞬止まった。
初めて名前を呼んだために噛んでしまい、余計に目立ってしまったようだ。
それから、あちこちで息を呑むような、噴き出すのを堪えるような音がした。ラウレンツが背もたれに顔を伏せ、ハーゲンが天井を見上げ、ヴィムの手元で短剣が滑った。ルークだけが、はっきりと声を出して笑った。
「……なにか」
ジルヴェスターが片手で顔を覆っていた。
ますます笑いが広がった。ディートリヒまでが、口元を押さえて横を向いている。
クラリスは、男性たちの感じの悪さに腹を立てつつ、耳が熱くなるのを感じながら、机の下で手を握った。
`
軍議そのものは、静かに始まった。
議題は、この半月の討伐報告からだった。ハーゲンが数字を読み上げていく。出没件数、討伐数、負傷者。数字はどれも、去年の同じ時期を上回っていた。
「刻印の件は」ジルヴェスターが訊いた。
「確認できたのは、全体の三割ほどです」
クラリスは顔を上げた。三割。すべてが管理された魔獣というわけでもないらしい。
「……全部が放たれたものではないと見るべきかと」ハーゲンが続ける。
「元々、悪い年には獣は増えます。刻印のあるものが混ざっているだけで、増加そのものは自然のものかもしれません。また、奥様の魔道具のおかげで魔獣が発見しやすくなっていることもあるかと。実際は、そこまで増えていないのかもしれません……」
何かの可能性を否定したいかのような言い方に疑問を持ち、クラリスはハーゲンを見た。
部屋が、少し静かになった。
ジルヴェスターがクラリスをちらりと見てから、目線を机の地図に戻す。
「魔人の調査はどうだ」
「魔獣の増加、南部までの冬の拡大など、魔人復活の予兆は捉えられるものの、確たる証拠はありません。アウレリア聖国で何か情報がないか、使者を派遣しております」ディートリヒが淡々と答える。
魔人? 魔人は八百年前に滅んだ、もはや伝説の種族なのではないか。神の遣いと言われるエルフと同じ扱いだ。
なぜ魔人復活などという話になるのか理解できず、クラリスはジルヴェスター、ディートリヒ、ハーゲンを順に見たが、三人とも冷静なままだ。ルークを見ると、欠伸をしている。
「リアンツァへの調査はどうなっている」
「検問が相当厳しく、やはりこれ以上の間者を送るのは難しいかと。最近は送り込んだ者たちからの連絡も減っておりますし、連絡を取るのにも苦労しているのかと」
ハーゲンが答えると、ディートリヒが鼻で笑った。
「明らかに何かを隠しているな」
「川で会った連中は、獣を獲る支度をしていたぞ」ラウレンツが背もたれから顔を上げた。「網に、檻に、死骸の検分。あれで芝居だというなら、たいした役者揃いだ」
「王太子の手の者だそうです」
ディートリヒが、地図の一点を指した。
「リアンツァは、王と王太子が長く不仲だという話が、昔からあります。あの川の陣は、王太子の直臣が率いていた。……つまり、あの連中が何も知らずに獣を追っていたとしても、それは王が何も知らないという証明にはなりません」
クラリスは、思わず息を詰めた。
「帝国は」
ジルヴェスターが、短く言った。
「相変わらず、何も出てまいりません」ハーゲンが答えた。「ヴァルガリア帝国は、もともと情報の出し入れが巧みな国です。……ただ、この五年ほどは、出し入れですらない。ほとんど閉じております」
ジルヴェスターは小さくため息をつき、地図のほうへ向き直った。
「ディートリヒ、各領主に兵の準備を整えるよう通達してくれ。それから……」
彼はそこで一度、言葉を切った。
「次の遠征だが、少し先になる。——シェルナの王太子が、来る
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