書庫の日々2
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そのあとは一人で書庫を満喫した。久しぶりの書庫の棚は、相変わらず宝の山だった。追跡の網を作ったとき、探知まわりの棚ばかり漁っていたので、他の棚はまだほとんど手つかずなのだ。次の日にはまたルークが定位置に戻ってきたが、これ以上問い詰める気もなかった。
数日かけて、面白いものがいくつも出てきたからだ。
まず、髪を乾かす式。掌から乾いた風を出すだけの、ごく小さな式だった。古代人も、濡れた髪をそのままにするのは嫌だったらしい。試しに組み直してリタに使ってみせたら、リタは感動のあまり、しばらく口がきけなかった。
それから、インクの染みを抜く式。
これは、事件だった。布に染みたインクが、式を通すと、すうっと浮いて消えるのだ。クラリスは自分の袖で三度試し、三度とも成功して、天井を仰いだ。十八年。この式を、自分は十八年、必要としていた。母に見せたら泣くかもしれない。
「ルーク、見てください。インクが」
「はいはい。よかったですね」
それから、ネズミ避けの式。書庫の棚の脚に、うっすらと刻まれているのを見つけた。昔の司書が刻んだものらしく、八百年経ったいまも、かすかに生きていた。この書庫の本が食い荒らされずに残っているのは、名も知らぬ昔の司書のおかげだったのだ。
そして、対で動く式。他の書物より一回り大きな革の綴じ本に書かれていたのだが、見開きに式が二つ、向かい合わせに刻まれていた。
片方の吐口が、もう片方の入口に対応していて——つまりこれは、二つで一組の式だった。片方の発動ではなにも起こらず、両方が同時に生きて、初めて成立する式だった。
クラリスは、しばらくその頁を睨んでいたが、使用用途が分からない。
対で動く式。何のために?
「ルーク。これ、わかります?」
長椅子から億劫そうに起きてきたルークは、頁を眺めて、しばらく黙った。
「……初めて見ますね。対になってる式なんて」
「でしょう。何に使うと思います?」
「さあ。……宴の余興とか」
「余興」
「二人の男女の魔法師が、離れた場所で同時に何か魔法を起こす。同じだったら、結婚」
そんな馬鹿な、と思ったが、対案も出せなかった。
結局、その日は答えが出ないまま、本は棚に戻した。ただ、戻す前に、気になったので頁の写しだけは取っておいた。
その写しを机の抽斗にしまった日の夕方、オズヴァルトが手紙を持ってきた。
「シェルナより、王妃陛下宛でございます」
封蝋に、見慣れた紋があった。兄のヴィルスの、個人の印だった。
椅子に座って、封を切る。兄らしい、几帳面な字が並んでいた。近況。母の様子。庭の花の話。いつもどおりの、穏やかな手紙——のはずだった。
ただ、最後の数行だけ、様子が違った。
近く、可愛い妹の顔をみにそちらを訪ねたい。
ユアンを連れていく。
日取りは追って報せるが、そう遠くはならないと思う。アルダーン王には、内々に伝えておいてほしい。
クラリスは、手紙を持ったまま、しばらく動かなかった。
兄が、アルダーンへ来る?私に会いに?全く理解できなかった。嫁いで半年も経っていない私に会いにくるはずはない。シェルナにいたころでさえ、半年顔も合わせなかったことがある。きっとジルヴェスターに会いに来るのだ。
クラリスは手紙を畳み、抽斗の——対の式の写しの上に、そっと重ねた。
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