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書庫の日々

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城の門をくぐったのは、出発から六日目の夕方だった。


中庭を見ると、残された騎士たちの前に、オズヴァルド、その隣にリタが立っていた。


リタはクラリスが馬を降りるのを待ちきれなかったらしく、オズヴァルドが止める間もなく駆け寄ってきて、それから急に立ち止まり、礼儀を思い出したように深く頭を下げた。下げたまま、肩が震えていた。


「……おかえりなさいませ」


声が、もう泣いていた。


「ただいま、リタ。」


「六日でございますよ。六日。ワイバーンが出たばかりだというのに、山の中で、野営までなさって。ヴィルス王太子に知られたらどうなることか…」


侍女に叱られる王妃というのもどうかと思ったが、悪い気はしなかった。ごめんと小さい声で答えた。ただ、ヴィルスお兄様は、アルダーンに迷惑をかけることが無ければ、私がどこで何をしていようとそんなに興味はないだろうにと思った。




その晩の風呂は、長かった。


リタは何も言わずに、いつもより丁寧に髪を洗った。湯に浸かると、体のあちこちが痛みを思い出した。腿の内側、腰、手綱を握り続けた指の付け根。冷えて強張っていたものが、湯の中でゆっくりとほどけていく。特に髪の毛は川の水を火にかけ何とか洗ったものの、汚れが落ちていなかったため、丁寧に泡を立てて洗われる心地よさに、思わず目を閉じた。


「……痩せられました」


「そう?」


「そうです。あと、日に灼けられました。あんなに白かったのに」


リタはため息をついて、それ以上は言わなかった。ただ、髪を梳く手が、いつまでも止まらなかった。




翌日から、城の暮らしが戻ってきた。


戻ってきたのだが、以前とは、何かが少し違っていた。


廊下ですれ違う騎士たちが、会釈のあとに一言添えるようになった。「お戻りで何よりです」「追跡の魔道具、皆で話しております」。厨房の前を通れば、干し肉のスープはもう懲り懲りでしょうと笑われ、洗濯場の女たちには、泥だらけになった外套を心配された。


アルダーンが少し近くなり、この国の一員になれていっていると思ったら、鼻の奥がつんとした。


一度だけ、廊下でディートリヒとすれ違った。彼は珍しく足を止め、少し迷ってから、口を開いた。


「……以前、少し失礼な態度を取ってしまい申し訳ございません」


陰でクラリスのことを話していた一人がディートリヒだったことを思い出す。


「気にしないで下さい。」正直気にしてなかったのでもっと気の利いたことを言いたかったが、うまく言葉にはならなかった。


それでも彼は少し安堵したような表情をみせ、一礼して去っていった。




一方で、遠くなったものもあった。


ジルヴェスターとは、ほとんど顔を合わせられなかった。


帰城の翌日から、軍議が連日続いていた。夜遅くに戻り、朝早くに出ていく。枕のへこみだけが、彼がいた証拠のような日が続き、野営のときに簡易なご飯でも並んで食べたを懐かしく感じ、心にぽっかり穴があいたような気持ちだった。


軍議の扉の前を、その日クラリスは意味もなく二度通った。二度目に衛兵と目が合って、さすがに諦めた。


リアンツァのことを話しているのだろう。見つけたのは私の網なのに——と唇を尖らせかけて、我に返る。シェルナにいたころは、父の執務室で何が話されていようと、気にしたことすらなかったのに。


もやもやしたときの行き先は、決まっている。書庫だった。




書庫は、六日ぶりでも、何も変わっていなかった。


埃の匂い。紙の匂い。長椅子の上の、見慣れた背中。


寝ているルークを引っ張りだし、椅子に座らせるとクラリスはルークの目をみて話し出す。


「軍議で何を話しているか教えてください。」クラリスの切迫感のある声に対しても、ルークはたじろぎもせず頭を搔きながら、そういうことは陛下に直接聞いてほしいとぶつぶつ文句を言った。


だが、眠そうな切れ長な目でちらりとクラリスを見ると話しだした。


「リアンツァの件ですよ。北の山で遭遇した時に、向こうも魔獣を追跡してあそこに拠点を作っていたという話だったみたいです。リアンツァでも相当魔獣被害は増えているらしく。陛下はその真実を確かめるために密偵を送っていまして、どうやら本当らしいんですよね。ディートリヒら一部の騎士は最初はリアンツァのいうことを信じてなかったですが、密偵の結果を得て、しぶしぶ納得したというところです。」


クラリスは城に戻ってから十日ほどであるが、そこまで議論がされ密偵まで送っていたことに驚いた。リアンツァが魔獣を送っていたわけではないということが明らかになったが、それではどこから来るのか。自然に魔獣が増えているだけなのか。設置した魔道具から日々収集される追跡結果もルークやジルヴェスターも見ているはずだ。


考え込んでいると、これ以上巻き込まれるのは面倒と思ったらしいルークが、それではと言い、足早に書庫から出て行った。



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