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川の向こう

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日々更新予定です。(修正の可能性もあり)

夜明け前に天幕は畳まれた。


夜明け前の薄暗い森の中は凍えるような寒さだった。クラリスはかろうじて夜の残りのスープで体を温め、荷物を丁寧に鞄に詰めると、隊は北へ動き出した。


今日も道は険しい。夜中のうちに霜が降りていた。暖房の魔石にはルークが全て魔力を戻していたから今日も多少は助かっているものの、革の手袋の下の指は凍えていたし、終日馬の手綱を握っていることからひりひり痛み始めていた。


クラリスは進みながら、二つ石を埋めた。反応を確かめると北の稜線の向こうから、アルダーン側へ下ってくる小さな反応がいくつか今日もあった。魔道具道具が連携し合う設計も上手く機能しているようで、今まで魔道具を設置してきた場所についてはかなり広い範囲の動きが正確にわかるようになっていた。


三つ目の魔道具を埋めたあと、クラリスは少し考え、馬に戻らず土に手を当て、土魔法をそっと展開した。円形でなく放射線状に網目を流すことで10キロ先、それ以上を見る。網目状に、少ない魔力でなるべく遠くまで見れるように頭の中で式を組み替える。すると、やはり小川に沿って、何か一定のものがいる気配がした。数匹ではなくてそれなりの数のものが蠢いている。


土から手を離すとハーゲンが馬の上から様子をみていた。

「奥様、大丈夫ですか?」

馬上から、無骨な手が差し出されたが、前のような無表情ではなく眉のあたりが曇っていた。クラリスはだいぶ魔法量を消費してしまい眩暈がしたが、息を整えてすぐに答える。

「この先十五キロ先ぐらいにまとまった生物の動きを感じます」

そういうと、ハーゲンは目を見開きしばらく動かずにいたが、無言で馬首を返し、先頭へ駆けていく。ほどなくジルヴェスターと会話していたが、斥候が二騎、音もなく稜線の先へ消えた。


残された隊はそのまま一定のスピードで進んでいく。

その後日が登り切るまで、無言の行進が続いたが、しばらくして先に行った二騎が戻ってきた。


「この先二キロ先ぐらいの川向こうに騎馬の一団。およそ七十。……リアンツァの軍装です。駐屯地のようなものを作っており、そのにしばらく滞在しているように見受けられます。こちらの動きには気づいていないようです。」


隊の空気が一瞬で変わった。


ジルヴェスターの声は低く、静かだった。


「まず、様子を見てみよう。……ハーゲン、稜線の陰から回れるか」


「北側の岩場なら」


隊は馬を下り、木立に馬を残して、岩場を徒歩で登った。クラリスもミラとカランに挟まれて、身を低くしながら続く。徒歩の山道は厳しく、足が悲鳴を上げていた。ここで遅れをとるわけには行かないと、一歩一歩慎重に進めるが足の感覚がほぼ無くなっていた。時々ハーゲンが手を引いてくれた。ルークも騎士ほどには体力が無いのか、肩で息をしながらぶつぶつ何か文句を言っていた。

稜線の手前で全員が膝をつき、岩の隙間から、谷を見下ろした。


見えた瞬間、クラリスは小さく息を呑んだ。


谷底の川沿いに、陣が張られていた。


濃い緑の天幕六つ。木々のあいだに綱が渡され、馬が繋がれている。焚き火の煙が二筋、細く上がっていた。天幕のまわりの地面は踏み固められて黒く、霜の降りた周囲と色が違う。昨日今日の野営でないことだけは、遠目にもわかった。

クラリスは、こんなところにこれだけの人がいたことに驚くとともに、リアンツァがなにか魔獣を操る仕掛けをしているのか、それともアルダーンに攻め込む準備なのかと想像し、恐怖で胃が縮むのを感じた。

ジルヴェスターがどういう判断をするのかが気になり彼の顔をみると、彼は、驚くほど冷静に駐屯地を見下ろしていた。

灰色の切れ長の目が、天幕を、杭の向きを、人を、順に辿っていく。


「戦列は組むな」


しばらくして発せられたジルヴェスターの声は低く、静かだった。


「武器は抜くな。ただし、いつでも抜けるようにしておけ。……クラリスはハーゲン、ルークから離れるな」


そう言って立ち上がると、じっと駐屯地を見つめながら続ける。

「話し合いにいく。ラウレンツと十名ほどついてこい。ミラは念の為、さっきの場所に戻り、馬を放せる準備を」

そういうとジルヴェスターは立ち上がり、彼を先頭に十名の騎士がゆっくりと稜線を越えていく。




クラリスにはこれがどういった状態なのか全く想像がつかなかった。リアンツァの軍は私たちより人数も多く、軍備も整っているように見え、ジルヴェスターは十人だけで向かうことに対し大丈夫なのか全く分からず困惑した。他の人は何を考えているのかと周りを見渡すとと、意外にもハーゲンもルークも冷静に様子をみて、ジルヴェスターの指示に従っていた。


ジルヴェスターが近づいていくとリアンツァ軍がこちらに気づき、アルダーンの騎士が近づいてくることに相当に慌てている様子がわかった。鐘の音が鳴り、隊が組まれていく。

そして小さな川向こうから、一騎が半歩前へ出た。四十絡みの、日に灼けた男だった。


その後ジルヴェスターに対し何かを言っていたが、半刻ほど二人は会話をすると、ジルヴェスターは踵を返しこちらに戻ってきた。リアンツァ兵は剣を抜き武装したままだったが、攻撃してくることはなかった。


「……戻るぞ」


ジルヴェスターは他の隊員がいるところまで戻ると冷静に言った。


「石は、置けるだけ置いた。これ以上の深入りは今は無用だ。城へ戻る。話はそれからだ。」


帰りの隊列は、静かだった。


行きとは違う種類の静けさだった。一体何の会話があったのだろうか。ルークなら何かわかるかと彼を見たが、だるそうに背中を丸め、欠伸をしながら馬にのっているだけだった。


日が傾く前に、隊は最初の野営地までたどり着いた。


キリの樹の窪地は、朝のまま静かで、焚き火の跡だけが黒く残っていた。

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