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軍議にクラリスが呼ばれることは無かった。
今まで政治や国のことに興味を持ったことなどなかったのに、なぜかアルダールに来てからは疎外感を感じずにいられなかった。
耐えかねて、廊下でラウレンツを捕まえた。
「ラウレンツ。あのワイバーンの件、あれからどうなったんですか」
「どう、と申しますと。ああ、暖房の魔道具は本当に素晴らしい。いまや騎士全員の必須アイテムですぞ。」
「とぼけないでください。軍議、何度も開かれてるでしょう。何か番号が書かれていてリアンツァの地名が出て、皆さんあんな顔をして、それきり、わたしだけ何も聞かされてないんです」
ラウレンツは、めずらしく王妃がよくしゃべり、強い剣幕で言ってきたのを見て驚き困った顔をした。いつもの、するりと躱す笑みが、うまく出てこないらしい。
「……陛下から、王妃陛下にはあまりご心配をかけるな、と」
「もう心配してます。中途半端に知らされてるほうが、よっぽど心配です」
しばらく、ラウレンツは廊下の先を見ていた。それから、観念したように、少し声を落とした。
「……ここだけの話に、していただけますか」
ラウレンツは顎に手を当てながら言葉を選ぶように話し出した。
「あの番号については何もあれ以上分かっていません。ただ、魔獣が管理されていた可能性があるというのが問題なんです。リアンツァ国の地名らしきものがあって点についてはあまり今は深堀することは辞めようというのが陛下の方針ですね。ディートリヒのような連中は、すぐにでもリアンツァへ攻め込めと息巻いています。証拠が出た、あの地名がその証だ、と。気持ちは、わからんでもない。掃討で、うちは毎回人を失っていますから」
ラウレンツはちらりと王妃の顔を見たが考え込んでいてクラリスは気づかない。
「……で、あの番号が何なのかを確かめるために、方針が決まりました。単純な話ですよ。次に魔獣が出たら、仕留めずに、追う。どこから来て、どこへ帰るのかを調べます。」
また掃討に行くのかと驚いてラウレンツを見る。
ラウレンツは肩をすくめた。「しかも、言うほど簡単じゃない。魔獣は速い。追いつけずに見失うか、深追いして魔獣の罠にかかるケースだってある。魔獣といえど知識レベルの高い奴らはいますからね。」
クラリスはその話を聞き、土魔法の追跡魔法を頭に浮かべた。追跡魔法は魔法量が高い人でも大体半径1kmぐらいが限度だ。ただ、あれば円形に全部を調べる場合だ。魔獣1匹追うだけなら、もっと効率よくできる気がする。….たとえば網目状に追跡網を張り巡らすことで魔力を1/10くらいにできるかもしれない。そしてそれを魔道具化していたるところにおいておけば・・・と考えていたところで、心配そうにラウレンツが見つめていることに気づいた。
「教えてくださって、ありがとうございます」慌ててお礼をいう。
「……あの、王妃陛下。私が話したことは、どうか」
「言いません。安心してください」
クラリスは、そう答えて、自分の部屋へ戻った。戻りながらも追跡魔法を考え続けた。
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その晩から、クラリスは書庫に籠もり魔法式を書き続ける。
「面白いことを考えますね」
覗き込んだルークが、めずらしく感心したように言った。
「はい!見てください。全体の探索魔法を書き換えて網目状にしました。1メートル間隔の網目になるので、この方法を使えば、特定の魔獣であれば、網目にかかるたびに反応し、どこに行くか、少なくとも5kmは追えると思います。でもそれも5kmまでが魔法制約上限度なので、それをこの魔道具に埋め込むんです。魔道具同士が反応するような式も考えてみました。そうしたら、これを5km間隔で置いておけばいいでしょう?あと、この魔道具がただの石に見えるような式もこっそり足してあります。あ、そうそう、魔道具に移す触媒式はこの前ルークが書いていたから勉強したの。もっと簡素化できたんですよ」
一気にしゃべり切ったクラリスは、ルークがぽかんと口を開けていることに気づかない。
「ねえ、ルーク、この魔道具を次の追跡にもっていってほしいの」気づかないクラリスはその魔道具をルークに押し付けた。
数日後、二度目の追跡の報せが入った。
ラウレンツとルークから聞いたところでは魔道具はうまく作用したが、5kmを超えてしまうと追跡できなく途中で見失ったということだった。
その日の夜、寝室でジルウェスタ―のことを待った。彼は夜遅くに部屋に戻ってきたとき、クラリスが珍しく暖炉の前の椅子の上でキチンと座っているのを見て驚いた。
「クラリス。珍しいね。いつも何か紙を抱きかかえて一人で寝ているのに。今日は僕のことを待っていてくれたのか?」ジルヴェスターが金色の髪を暖炉の光で輝かせながらいう。
「陛下、お話があります。私を掃討に連れて行ってくれませんか。魔獣の動きが分からないのです。なので適切な式が組み切れなくて。」
一瞬ジルヴェスターは動きを止めたが、クラリスの前に来てかがみ、クラリスの首に頭をうずめた。
「僕の大切な王妃をそんな危ないところに連れていけないよ。魔道具は受け取るから城で僕のことを待っていてくれないか」
耳元でジルヴェスターは話し、息が耳と首にかかる。
「わたしが行かないと、この式は動きません。地形が変わるたびに、目の粗さも、範囲も、変えないといけない。それができるのは、この式を組んだ、わたしだけです。騎士の方に板を渡すだけじゃ、たぶん、また見失います」
ジルヴェスターは、何も言わなかった。彼の顔から、いつもの微笑みが消えていた。ワイバーンの死骸を前にしたときの、あの静かな顔だった。
「君には僕の色気が全く効かないようだね。ヴィルス王太子からはこんな頑固な姫だとは聞いてなかった」
独り言のようにいうジルヴェスターの言葉にクラリスは顔が赤くなる。
「危険だ」
「わかってます」
「わかっていない。あなたは、戦場を見たことがない。峠のガルムを、馬車の窓から見ただけだ。あそこは、そういう場所じゃない」
クラリスは黙った。自分でも、なぜこんなに退けないのか、よくわからなかった。魔法式の改良にも興味はあったがそれだけではなかった。
しばらく沈黙が続いたが、ついにジルヴェスターが口を開けた。
「……ハーゲンをつける。あなたは、彼のそばを片時も離れない。式を直すときも、必ず、どちらかの目の届くところで。約束できるか?」
「できます」
「もうひとつ」
彼は、めずらしく強い声を出した。
「私が退けと言ったら、退く。理由は訊かず、すぐに。それが守れないなら連れていけない。」
「守ります」
ジルヴェスターは、まだ何か言いたそうだった。けれど結局は言わずに、板と魔石をベッドの脇のテーブルに置き、ため息をついた。
そして「暖房の魔道具は助かったよ。あれがあれば山の中でも一定耐えられそうだ」
クラリスは彼の背中を見ながら、嬉しさが胸からあふれるのを止められなかった。首元の熱さは感じてないふりをした。




