帝国攻め5
ジルヴェスターとセラフィンはそのあと素早くルートについて確認した。やはりお互いに戦略については意見が合うのか、全てが素早く決まっていく。
それからセラフィンが立ち上がり、倉庫の扉に耳を当てる。
そして、彼は扉をそっと押し開けた。隙間から、松明の光が細く差し込む。彼は片目でその先を確かめて、それから行くぞ、と小さく低い声で言った。
出ると、石の廊下だが、床には赤い絨毯が敷かれていて、ずっと先まで続いている。おそらく城の外側の壁沿いなのだろう、左手にはところどころ小さな窓があって、そこから冷たい風が入ってきていた。絨毯のおかげで、足音は出にくい。
それでもクラリスは、あの鎧を着た五人が、なぜこんなに音を立てずに歩けるのかが分からなかった。選び抜かれた騎士達の力量に感心する。
ジルヴェスターは、常にクラリスの後ろにいた。
前を行くセラフィンと、後ろのジルヴェスターに挟まれて、クラリスは廊下を進んだ。聖騎士二人とディートリヒが、そのさらに後ろを固めている。誰も口をきかない。攻撃の轟音と、魔獣の雄叫びのような声が壁の向こう遠くで鳴り続けていた。
長い廊下に差しかかったところで、セラフィンが足を止める。
廊下は、その先で真っ直ぐに、遠くまで伸びている。松明が等間隔に並び、その奥に、両開きの大きな扉が見えた。セラフィンは、しばらく、そこを見ていた。行くべきか、戻るべきか、決めかねているようだった。
ジルヴェスターが、クラリスの肩越しに、その先をじっと見た。
「……危険だろう」
低く、小さな声だった。それから彼は、顎で、別の方向を示した。廊下の脇の、目立たない壁の窪み。
彼はクラリスの手を取ると、そちらへ音も立てずに走る。窪みの奥に、小さな木の扉があった。彼はそれをそっと開けた。
中は、螺旋階段だった。
狭く、急で、石が擦り減っている。かなり上のほうの小さな窓から、月明かりだけが、ぼんやりと落ちてきていた。ジルヴェスターは、階段の段に積もった埃を、指で一度なぞって確認する。彼は後ろを見て、ついてこい、と目で言うと、駆け足で登りはじめた。
クラリスは、必死についていった。
段は高く、螺旋はきつく、すぐに息が上がった。はあはあと息を切らし、目も回る。何度も、同じような小さな扉の前を通り過ぎた。どの扉も閉じていて、ジルヴェスターは、そのどれにも目を留めず、ただ、上へ向かう。
やがて、階段が終わった。
そこには扉はなく、代わりに、人ひとりがやっと通れそうな、下から見えた小さな窓があった。硝子はなく、冷たい風が、直接吹き込んでくる。
セラフィンが、前に出た。
彼は壁の石に片足をかけると、跳ぶように窓枠に取りついて、体を捻り、狭い窓を頭から滑り抜けた。鎧が窓枠に触れる音さえしない。ローブのフードが取れ銀色の髪が月光を映す。それはもはや湖かどこかに住む精霊のようだった。一瞬、灰色のローブが月明かりに浮かんで、次の瞬間には、外の闇に消えていた。
外から、来い、という合図があった。
「……待って。先に、見てみる」
ジルヴェスターがクラリスにそう言って、窓に手をかけ、外へ出た。それから、後ろにいるディートリヒに、目で合図をした。ディートリヒが頷いて、クラリスの前に膝をつく。
「奥様、肩に」
クラリスは、ディートリヒの肩に足をかけ、持ち上げられるようにして、窓枠に手を伸ばした。なんとか身を乗り出す。
外は月明かりで少しだけ明るい。
遠くで松明が燃えて、塔の外壁に、風が唸っている。下を見た。二メートルほど下に、五十センチほどの幅の、石の出っ張りがある。足を乗せられる、というだけの場所。その先は——何もなかった。下が見えなくて良かったとクラリスは思ったが、きっも五十メートルはあるだろう。
セラフィンやジルヴェスターはその出っ張りに立っている。
ごくり、と唾を飲み込む。
「大丈夫だ。……飛べ」
足場の上で、ジルヴェスターが、両腕を広げていた。
クラリスは、思わず目を瞑って飛んだ。一瞬の浮遊のあと、体が受け止められた。硬い腕が、腰を抱えている。足が、石の上に着く。目を開け見上げると、ジルヴェスターの顔が、すぐそこにあり、彼はすぐに彼女を壁際に寄せた。
「目を瞑るやつがいるか」
ジルヴェスターは呆れて苦笑いをしていた。
ジルヴェスターは後ろから月明かりに照らされて何とも言えない色気を出していた。
「……あっちだ」
セラフィンが、闇の先を、顎で示した。
目を凝らすと、足場は、塔の外壁に沿って続いていて、その先で、隣の塔の石ぶきの屋根に繋がっているように見えた。その屋根の向こうに、ひときわ高く、太い塔が立っている。主塔だった。
セラフィンが、もう駆け出そうとしていた。
ジルヴェスターが、その腕を掴んだ。
「待て。……ワイバーンがいるかもしれない。上から見られれば、終わりだ」
セラフィンは空をみて頷き、クラリスに話しかけようと口を開く。
だがジルヴェスターが遮るようにクラリスに向かって話し出す。
「念のため、魔法をかけて欲しい。クラリス、魔石の残りはどのくらいだ?」
「……あと、三回くらいは」
けれど、クラリスは、土は、遥か下にあることが気になる。
この足場の上には石しかないため、粉にする土がない。クラリスは、魔石を握って、頭の中で、式を組み直しはじめた。土の代わりに、石の表面を削る節。削った粒を、風で舞わせる節。石は土より硬い。緩める節を、二つ重ねる。粒は粗くなる。臭いを閉じ込める節を、その分、強く。額に、じわりと汗が滲んだ。
セラフィンは、上を見たまま、それが終わるのを待っていた。ジルヴェスターは、クラリスの腰を、片手で支え、瞳を揺らしながらクラリスを見つめていた。




