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帝国攻め4

吹き飛んだ門から、魔獣はまだ吐き出され続けている。


けれど、その流れが、少しずつ細くなってきているようだ。最初は壁のように押し寄せていたものが、いまは、群れと群れの間に、隙間ができはじめている。ジルヴェスターが、それを見て、短く頷き合図をする。


六人は、岩陰を足早に離れる。


森の縁から正門までは、松明の届かない暗がりが続いている。その暗がりを、身を屈めて、壁際まで走った。壁は、思っていたより冷たく、湿っていた。背中を石につけて、一列になって、門へ向かってじりじりと横に進む。腐った肉の焦げる臭いと、血の臭いが、混じり合って、鼻の奥に絡みつく。クラリスの口の中がからからに乾いていた。気づ唾を飲み込もうとしても、飲み込むものがない。


門の脇までたどり着いた。


倒れた鉄の扉の、ひしゃげた縁が、目の前にある。その向こうから、魔獣が走り出てくる。どういう状態で飼われていたのか、フェンリルやゴブリンの小さな影が、次々と、目の前を横切っていく。多種多様な魔獣が一つの目的のために狂気していることが、とても異常に見えた。


セラフィンが、目で合図をし、入り口にさらに近づく。魔獣に紛れて入り込むには今ぐらいしか機会は無いのかもしれない。


ジルヴェスターは背中にクラリスを隠すようにして、クラリスの手を取り駆け足で進んだ。


魔獣が近くを通るたびに、粉の膜が、獣の体に擦られて、そのたびに薄くなっていく。クラリスはその度に、式に、マナを流し込む。魔石が、掌の中で、熱を持って震えている。


そのとき、目の前で、フェンリルが一頭、足を止めた。


白い巨体が、流れの中で、ぬっと立ち止まった。赤く血走った目が、こちらを向く。


ジルヴェスターがそれを見て立ち止まり、剣に手をかける。だが、ここで魔獣を斬り捨てれば潜入しようとしていることが明るみにでて、全ての計画が泡に帰してしまう。


クラリスの心臓が口から飛び出すかのようにバクバクと激しく鳴った。

だが、式を保ち続ける。粉を、獣の鼻先まで、濃く。臭いを、あの蔵の臭いのままに。これは、仲間の臭いだ。仲間の臭いだ。仲間の——


フェンリルが、鼻を鳴らすのをやめた。


一瞬、首を傾げるように動いて、それから、また走り出した。外へ。焼けた肉のほうへ。白い背中が、流れの中に溶けていった。


クラリスは、ようやく、息を吐いた。膝ががくがくと震えた。ジルヴェスターの手が、剣の柄から離れて、彼女の背中に、一度だけ置かれる。それから、また前を向き、駆け出した。


壁の内側に入ると、六人は壁際に留まった。クラリスは思わずしゃがみ込む。

しばらくして様子を見渡すと、ほとんどの魔獣は外に出ていったようで、踏み潰された柵、引きずられた鎖、食い荒らされた兵の遺体が幾つか転がっている。魔獣は、遅れて出ていく数頭が、六人の脇を、見向きもせずに駆け抜けていくだけだ。

それからすぐに、セラフィンは、目を光らせながら、その中を、影から影へと進んでいく。クラリスは、立ち上がりあたふたと追いかける。


そして、城の端の壁の下についた。


見上げると、壁は、夜空に溶けるほど高い。


セラフィンが、顎で上を示した。かなり高いところに、小さな窓がある。細く、暗い。ジルヴェスターが、それを見て、頷いた。


セラフィンが、腰から鎖を抜いた。銀の鎖が、月明かりの中で、一度だけ光った。彼が軽く投げると、先端が窓に届いて、硝子の割れる音が、小さく、硬く響き、窓枠に楔がかかる。


ジルヴェスターが、その音を聞いて、ディートリヒを見た。


「他の窓も、幾つか割ってこい。……離れた場所がいいだろう」


ディートリヒは短く頷いて、一人で、闇の中へ消える。



セラフィンが、鎖を手繰りながら壁の石の凹凸に、足の先を乗せていく。まるで壁に段があるかのように、するすると音もなく登っていった。灰色のローブが、みるみる小さくなって、窓の縁に手がかかり、体が中へ滑り込んだ。


クラリスは、それを見上げていた。あんなふうに、登れるだろうか。自分に。無意識に、ズボンの布を握りしめていた。手が、汗で滑る。


窓から、セラフィンの腕が伸びて、来い、と合図をした。


「……後ろから、支えるから登れるか」


ジルヴェスターが、心配そうな声色で尋ねる。


クラリスは、上を見ながら強く頷くと鎖を掴む。足を、壁にかけるが、石の出っ張りは滑りやすく、どうしても滑り落ちる。


「僕の肩に、足を乗せろ」


ジルヴェスターが、後ろから登りはじめた。壁と、彼の体の間に、クラリスが挟まれる形になる。クラリスは片足を、彼の肩に乗せ、もう片足を、壁の出っ張りに乗せる。彼が登るたびに、体が持ち上がり、クラリスは何とか上に進んで行く。


窓が、近づいてきた。


すると、セラフィンの手が、上から伸びて、クラリスの腕を掴んだ。早くしろ、と言わんばかりに、強く引き、窓の内側に、転がり込む。硝子の破片が、床で鳴った。だが、引っ張られた腕は、思ったよりも、痛くなかった。


クラリスは、床に座り込んだまま、周りを見渡した。


暗い。けれど、目が慣れてくると、木箱と、樽と、麻袋が、壁際に積まれているのが見えた。小さな物置部屋のようだ。埃と、油と、乾いた穀物の匂いがする。

クラリスはいそいそと腰につけた皮袋の水を口に含み、喉を潤す。


窓から、ジルヴェスターが入ってきた。それから、聖騎士が二人。少し遅れて、ディートリヒが、息を切らして滑り込んできた。


「……遠くの窓を、三つ、割ってきました。誤魔化しに、なれば」


セラフィンは、頷きもせずに、ローブの内側から、畳んだ地図を取り出し、床に広げる。ダルクの城で見た、あの継ぎ接ぎの地図の、城の部分だけを、大きく写したもののようだった。


「城内の神殿は、ここだ」


彼の指が、地図の中央を押さえた。


「中央塔。……そこまで移動して、それから、上に登る必要がある」


上に。神殿は、地下にあるものだと、クラリスは思っていた。けれど、この城では、塔の上にあるのだ。


ジルヴェスターが、地図を見ていた。それから、顔を上げて、クラリスを見た。


「クラリス。……念の為、魔人の場所を、探せるか」


緊張で、胃は重く、息はまだ整っていない。それなのに、ジルヴェスターに頼まれた、というだけで、クラリスの頬が勝手に緩んだ。


ジルヴェスターは、眉を顰める。


クラリスは、慌てて地図を確かめると、床に手をついて、探知の式を展開した。網の目を、細かく。近くだから、細かく読める。石の床を通して、城の中へ。魔術の、歪みを。


——ある。


目を開けた。


「……はい。そうですね」


指で、地図の中央塔を指した。それから、その指を、上へ滑らせた。


「この塔の……上のほうに、感じます。」

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