再会2
クラリスは、階段を駆け降りていた。
回廊から広間へ、螺旋の石段を、裾を掴んで。久しぶりの幼馴染の顔だった。あの見慣れた猫のような目を、こんなところで見るとは思わなかった。胸が、勝手に躍った。
広間の人混みに、そのまま飛び込んだ。泥だらけの鎧の騎士たちが、驚いて道を空ける。小さな女が、ドレスの裾を掴んで兵の間を縫って走ってくるのだ。誰かが「奥様?」と言い、誰かが慌てて槍を引いた。構わなかった。
ユアンの前に立つと、両手で、その手を握った。
「ユアン! どうして、リアンツァと……? 怪我は……怪我は、なさそうね?」
見上げながら、矢継ぎ早に言った。ユアンは煤けた顔で、あの、猫が笑うような笑い方をした。目だけが細くなって、口の端が少し上がる、あの笑い方。
「姫様。自由なところは、お変わりありませんね」
そう言って、握られていないほうの手を伸ばして、クラリスの頬に触れた。指の腹で、ゆっくりと、確かめるように。
「……乾燥していますね。高原の風でしょう。あとで、油を届けさせます」
「そんなこと、いいから」
「よくありません。姫様の肌は——」
「おい、そのくらいにしとけ」
隣で、ユアンより顔半分ほど背の高いチェーザレが、にやにやしながら言った。
「ほら。あの保護者が来るぞ」
ユアンの手が、すっと離れた。実に速かった。
振り返ると、ジルヴェスターが、大股で歩いてきていた。
完璧な笑顔だった。黒いコートの襟が立っていて、金の髪が、広間の高い窓から差す光を受けて揺れている。歩きながら、その髪を片手でかき上げた。——なんだろう。日に日に、色気が増している気がする。戦のたびに、砦を落とすたびに、どこかが磨かれていくような。あれをどうにか隠せないものか、と、クラリスは真剣に頭を悩ませた。アルダーンの兵たちが、王の姿を見て、歓声を上げた。
ジルヴェスターは、クラリスの隣に立つと、当たり前のように肩を抱き寄せた。
「無事で何よりだ。……二人とも」
チェーザレとユアンは、顔を見合わせて、肩をすくめた。
クラリスは、その横顔を見上げた。完璧な鼻筋。そこに、かき上げたばかりの金の髪が、完璧な曲線を描いて落ちている。……こんなに近くで見るものではない。
呆けている自分に気づい、単純な自分に嫌気がさす。それと同時に沸々と怒りも湧いてきて、ジルヴェスターの手を肩から外す。
するとジルヴェスターは驚いた顔でクラリスを覗き込むが、クラリスは視線には気づかないふりをして前を向いたままでいる。
「それで、怪我はなかったんですね」
クラリスが抑揚のない声で話すと、チェーザレが爽やか顔のまま、にやりと笑う。
「…なんだ、夫婦喧嘩中ですか?疲れたらいつでもリアンツァにお越しくださいね、姫。…それに、怪我は全くないですよ。こっちは、東で囮をやっていただけだけですから」
チェーザレが、肩を回しながら言った。
「本気では戦っていない。壁の前で旗を振って、太鼓を叩いて、三日、見せ物だ。……負傷者は、ほとんど出ていませんよ」
そこへ、騎士団長が、数人の騎士を引き連れて歩いてきた。
エリザベスだった。青いドレスのまま、腰に剣だけを提げて。クラリスは、無意識に、体を強張らせた。
けれど——彼女は、クラリスを見た瞬間、少し、顔を赤くしたように見えた。
……え?
クラリスは、訝しんだ。すぐに、彼女はいつもの、きりりとした顔に戻った。
「申し訳ありません。支度の指示をしていたら、遅くなってしまいました。……よく来てくださいました。部屋は東棟に用意しております。兵の方々は、中庭と、東門の兵舎に。食事は、すぐに運ばせます」
「これは、ご丁寧に」
チェーザレが、傷のある顔に人懐こい笑みを浮かべて、頭を下げた。
エリザベスが頷くと、ジルヴェスターは困ったようにクラリスをちらりと見たが、クラリスが無視をすると、エリザベスとラウレンツのほうへ仕方なく歩いていった。そして三人で、何か話しはじめる。
クラリスは、そちらを見た——見て、それから、ユアンたちが東棟へ向かって歩き出したのに、ついていった。
クラリスはもやもやした気持ちは晴れなかったが、無理やりユアンの方を向く。
「それで……どうして、ユアンが、リアンツァに?」
「北西の砦の戦のあとです」
ユアンは、歩きながら言った。
「あのままチェーザレ殿の軍に加わることになりまして」
「俺が誘ったんだ」
チェーザレが、横から言った。
「ユアンは、王妃様。リアンツァに来て十日で、リアンツァの誰が誰と仲が悪いか、誰に頼めば何が動くかを、全部掴んでいましたので。食糧を集めるにせよ、武器を揃えるにせよ、兵を短い間に動かすにせよ、こいつの働きがないと無理でしたね」
「チェーザレ殿は、戦闘と戦術には長けていますが」
ユアンが、苦笑いをした。
「内部の調整は、苦手ですね」
「うるさい」
クラリスは、笑った。シェルナの城でも、ユアンはそうだった。厨房の女たちとも、厩の老人とも、堅物の家庭教師とも、十日で仲良くなって、誰に頼めば何が動くかを知っていた。ヴィルスが彼を手放さないのは、剣の腕ではなく、そこだ。
「ああ、そうだ。ヴィルス殿下は、もう国にお戻りになりましたよ」
ユアンが、思い出したように言った。
「王太子といっても、国政のほぼ全部をなさっていますから。……僕がいなくてお困りでしょうが、それ以上に、姫様の護衛もしてほしいと。それで、許可が出ました」
「兄様が……」
「『目を離すな』と。……まあ、離すなと言われても、あの保護者がおられますから、僕の出番はなさそうですが」
東棟の入口に、リアンツァの兵たちが集まりはじめていた。エリザベスの騎士が、部屋割りを読み上げている。
「しばらくは、この砦に留まると聞いています」
ユアンは、そこで足を止めて、クラリスを見下ろした。
「……また、話しましょう。姫様。ゆっくりと」
「ええ。……ええ、ユアン。また」
クラリスは、頷いた。
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