終戦5 <第二部完>
砦の中庭に、夕暮れが降りていた。
石段を降りると、その先に、この戦で亡くなった騎士、兵士が三列に隙間なく並べられている。白い布を掛けられた者もいれば、布が足りずに自分の外套で覆われただけの者もいて、風が吹くたびに、その端が小さくめくれた。中には、布の膨らみが途中で途切れているものがあり、一部は手や足が欠けているのが嫌でもわかる。
遠くでは司祭の代わりに聖騎士たちが祈りをおくる。灰色のローブの七人が列の前に並び、掌に白い光が灯り、それが死者の上に細かい粒になり落ちていく。
セラフィンもいた。同じく目を閉じ、掌の光を死者へ向けていた。聖騎士も少なくない被害を受けたようだ。
クラリスはその横顔を少しのあいだ見てから、列の端へ歩いていった。
クラリスは死者の間を進んでいく。
一人目は若い兵で、顔に傷はなく、眠っているようだった。二人目は腕がなくて、その分だけ布が平らに落ちていた。三人目、四人目と見ていくうちに、胃の底が熱くなってきて、喉まで上がってくるものを何度も飲み込む。
見たことのある顔もちらほら見え、胸が重くなる。
ある兵士の前で立ち止まる。高原で、泉が湧いた朝、いちばん大きな声で歓声を上げていた人だ。
この人にも、アルダーンに帰れば、待っている人がいたのだろうか。母親か、奥さんか、子供か。
私の魔法式をもっと精密に展開できれば壁も壊れなかっただろうかと考え始めて、なんとかその考えを頭から振り切る。
自分の能力の足りなさを嘆いたところでどうにもならない。
その兵の目が、少しだけ開いていた。乾いた目だった。クラリスは膝をついて、その瞼に指を添えて、そっと閉じた。
涙は、いつからか流れていた。
——
ジルヴェスターは、聖騎士の祈祷を近くでみていた。今回のアルダーン兵への祈祷は聖騎士たちから申し出があった。
彼自身、宗教への信仰は薄かったが、自分についてきてくれた騎士や兵士の魂が少しでも救わらればと思い受けた。
若い兵の前で、膝をつく。
——ヨナス、ベルント、死んだか。父の時から仕えていた古株の騎士の息子たちだった。肌はマンティコアの毒でただれている。
顔を上げたとき、列の向こうに、クラリスを見つけた。
小さな背中が、膝をついていた。誰かの瞼を閉じようとして、震える指でうまくいかずに、もう一度。それから外套を直して、立ち上がる。夕暮れの光の中で、頬が濡れているのが、ここからでも見えた。知った顔を見つけたのだろうか。
胸が、重くなる。
本当は、こんなはずではなかった。
シェルナと縁を結ぶ。それが目的だった。小国の姫を一人迎えて、城の奥で、好きなドレスでもきて、本を読んで過ごしてもらてばいい。婚礼の日、白い衣装の細い肩を見ながら、そう思っていた。あの頃の自分は、あの子が何者かを、まるで知らなかった。
それが、いま。
危険な遠征にきて、死を目の前に見ている。
いまや誰よりも愛しいクラリスに、こんな重さを見せたくなかった。
——けれど、一緒にこの国のために戦うというのであれば。この国を僕と共に少しでも想ってくれるのいうのであれば。
ジルヴェスターは、立ち上がった。
帝国を。神殿を。輪だろうと魔人だろうと、この百人を殺したものを、一刻も早く。アルダーンの兵のために。国に残してきた民のために。そして——クラリスのために。
「ラウレンツ」
石段の上で待っていた老将に、声をかけた。ラウレンツは黙って、頭を下げた。
「帝都攻めの計画を立てる。今夜からだ」
「はっ」
もう一度だけ、中庭を振り返った。聖騎士の白い光が、夕闇の中で、百の死者の上に静かに揺れていた。その中で、小さな背中が、まだ膝をついていた。
ジルヴェスターは、砦の中へ戻った。
<第二章完結>
——
一旦ここで第二章完結とさせていただきます。
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