砦の戦い2
「ここに、隠れていてください」
言い終わる前に、セラフィンは音も立てずに走っていた。
土煙の中へ。横から獣が襲いかかるが一瞬で首が飛ぶ。
彼は銀の鎖を壁に投げるとその高い壁を鎖をたどり軽やかに登っていく。灰色のローブが翻り、フードが落ち銀色の髪が流れた。
黒いローブが、振り向いた。
セラフィン、高い黒い壁の上に立ち、剣をすらりと抜く。
そして次の瞬間には切り込む。
だが、魔人らしき人の前で空気が一瞬、硬く光り、跳ね返される。
——シールドだ。
魔人も普通の魔法を使うの?そんな場違いな驚きが、一瞬だけ頭をよぎる。
主戦場に目を移すと、土の壁は崩れているが、崩れたままでも、その壁は魔獣の行く道を阻み、騎士や兵士が次々と斬り倒すのが見える。
だが、ワイバーンからの攻撃も止まない。
ワイバーンは兵士を鋭い爪で掴み、高く舞い上がると下に落とす。
クラリスは見ていられずに、息が苦しく、心臓をばくばくさせ目を瞑った。
魔石を握った手の中で、爪が肉に食い込んでいる。
そのとき、砦が騒がしくなる。
砦の中からぞろぞろと大量の兵が出てきて、南壁の胸壁に、いっぺんに、兵が並び弓を構えたのだ。
胃の底が、冷たくなる。
まだあんなに帝国兵が砦に残っていたなんて。東にかなり多くの兵が出動していたはずなのに。
魔獣の攻撃にさらに砦から攻撃されたら勝ちようがない。
弓が、一斉に引かれた。
弦の音重なり、矢が降ってくる。
低く飛んでいたワイバーンが、翼に、胴に、何本も受けて、金切り声を上げて落ちた。土の山を越えようとしていたワーグが、横から、次々に射抜かれる。壁の上から降る矢は、ひとつ残らず、獣にだけ落ちていく。
魔獣を攻撃していた。
クラリスは、壁をはっと見上げる。
——ジル。
侯爵の騎士団と話せたんだ。きっとジルは無事だ。
冷え切った胃の底から、熱いものが、一気に上がってきた。目の縁が熱くなる。袖で、乱暴に拭った。まだ。まだ泣くところじゃない。
壁の上では、黒のローブの人がが帝国兵の動きに気を取られてた瞬間、セラフィンが軽くひらりと飛び上がり、黒いローブの人の背後にまわる。
それと同時に剣が振り下ろされ、細い銀の線が、右肩から左の腹に通った。
黒いローブが、二つになる。
上半身が、ゆっくり傾いて、胸壁の外へ落ちた。青白い光が手を離れて、途中で、消える。
すると、突然魔獣がたちが暴れ出す。コントロールを失い野生に戻った魔獣たちが本能のままに騎士や兵士を襲い出す。
ワイバーンは空高く逃げていく。
マンティコアが、前脚を上げて、吠えた。
人の顔が、裂けた。獣の声でも、人の声でもない不快な声だ。それから、何かから逃げるように、狂った様に同じ場所をぐるぐると回る。
そして、雑木林の方、クラリスのいる方を見ると何かから逃げるように走り出した。
混乱して、痛みに狂ったように、それでも真っ直ぐに。
逃げないと。
足が、動かない。膝が、地面に縫いつけられている。手が、魔石を握ったまま、開かない。式が、浮かばない。
獣の恐ろしい裂けた目の顔だけが、近づく。
クラリスは思わず目を瞑る。
——だめだ
だが、何も来なかった。
恐る恐る目を開けると、
数メートル先で、マンティコアの目が、見開かれている。人の顔が歪んで、身をよじる。
剣が首に刺さり、動けずにいた。
その剣が捻り込まれると、マンティコアの目がさらに開かれる。
そして剣がそのまま真下に抜かれ、首はガクンと横に落ちた。
巨大な体が、前脚を折って、雑木林の手前で崩れた。土煙が上がる。薄れていく。
その横に、人が立っていた。
血に濡れた剣を提げて、金の髪に土煙をまとって、何の表情もなく、こちらを見ている——ジルヴェスターが、いた。
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