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帝国の砦4

軍議の天幕は、前よりも人が多かった。


セラフィンは卓の前に立ったまま、地図に目を落とし、誰も座るのを待たずに口を開いた。


「マンティコアが、確認された」


低い声だった。天幕の中の空気が、一段、冷えた気がした。

クラリスは本で見た、体は大きな獅子で、人の顔をし長い尻尾をもつ魔獣を思い出す。


「砦の南、獣舎の脇に繋がれている。……高位の魔獣だ。ワイバーンでさえ、遠くからではうまく操れないことは確かめられている。つまり、魔術を使う者——魔人か、それに近い者が、近くにいる可能性が相当に高い。」


魔人と発するときのセラフィンの暗い青い瞳は今までと比較できないぐらい殺伐としていた。



「つまり——」


ラウレンツが言いかけたのを、セラフィンは待たなかった。


「その魔人を、なんとしても仕留める。そして、あの砦を取る。……今夜、決戦だ」


その目を見て、クラリスは、ひやりとする。


黒々としていた。いつもの凍った湖の色ではなく、もっと深いところから何かが滲み出ているような、底の見えない黒。戦略を語る目ではなく、執着のようなもっとどろどろとしたものみる。


——魔人がいなかったら。


ふと、そんな考えがよぎった。もし砦にいたのが獣だけで、操る者がいなかったら、この人は砦を攻め落とそうとしただろうか。十人を救うために、千人を平野に降ろしただろうか。


気づかれないように、セラフィンのその整った横顔をちらりと見る。



けれど、そんなことより。


早く、この砦を落とさなければ。ジルを、あの黒い壁の内側から出さなければ。クラリスは心の引っ掛かりを飲み込み。まっすぐにセラフィンを見た。


すると、セラフィンも、こちらを見ていた。


「奥様。この平野にバリアを工夫し土の壁を作れますか?一刻保てば十分ですが、大きさは一定必要です」


彼は地図の上、砦の南壁と高原の縁の間の平地に、指で二本の線を引いた。獣舎の両端から始めて、こちらへ向かうほど狭まっていく。


「入口は柵と同じ幅で広く、魔獣をこの壁と壁の間に誘導する。出口は、三頭並べば詰まる幅まで絞る。……そこに兵士をおき効率的に倒していきたいと思っています」



魔獣たちが広い口に呑まれ、狭まる壁の中で押し合い、細い出口から数えられる速さで吐き出される——頭の中に、その絵がすぐに浮かんだ。



「……できると、思います。魔石もありますし。ただ、今夜であれば、板に刻む時間はありません。平野に出て、その場で展開することになります」


「奥様!」


天幕の入口で、ニクラスが声を上げた。


「陛下から、後方にいるようにと——僕は、そう申しつかっています。奥様を平野に出すわけには」


「ニクラス」


クラリスは、振り返らずに言った。


「壁は、平野に立てなければ意味がないんです。……大丈夫。後ろにいます。壁の、後ろに」


ニクラスはまだ何か言いたそうに口を開いたが、クラリスが強く見つめると口をつぐむ。


クラリスは、地図に向き直った。


「入口の幅と、出口の幅と、奥行きと、高さを教えてください」


セラフィンの指が地図の上を動き、数字を告げていく。クラリスは頭の中で式を展開し、壁を想像していく。


「…ただ、こんなにうまくいくものでしょうか。すぐに罠だと気づきそうです」


「低位魔獣は前に進むぐらいの指示しか理解できません。問題ないでしょう」


クラリスは目を瞑り、今までの魔獣の動きを思い出す。


「壁は滑りやすくしておきます」


そう言って、紙に式を書き始める。


斜めに立てるなら、板は絞る側に密に埋めなければ角が甘くなる。この平野の土は砂が多いから、固める節を強めないと獣の圧で崩れる——とくに出口の近く。強めればマナを使いすぎる。


ペンが、紙の上を走った。周りの声が遠くなる。


セラフィンは、その手元をしばらく黙って見ていた。


それから視線を外して、ラウレンツのほうを向く。


「では、次に、降りる順序だが——」


「あの」


クラリスが、ペンを止めて、顔を上げた。


「……その、魔人らしき人は。魔獣の近くにいて、なおかつ、魔獣が見えていないと、操れないんですか」


セラフィンが、こちらを見る。


じっと、見た。数呼吸のあいだ、何も言わなかった。それから——


「……はい。視覚的に見えていなければ、指令は出せないと思います」


クラリスは、頷いた。


それきり、地図に目を落として、動かなくなった。ペンを持った手が、紙の上で止まっている。


ラウレンツとニクラスは何か心配そうにクラリスを見つめていた。

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