終バスの窓
住宅街と工業地をつなぐ短いトンネルで、夜の終バスにだけ余分な乗客が映ると運転士が話した。古川律は交通会社の担当者と会い、車内カメラの記録を確認した。後部座席には確かに人影があるが、降車時の映像には誰も映らない。
運転士は妙な光より、運賃箱の数字が合わない方を心配していた。一人分の料金が増えている日がある。律は集計係と一緒に差額を調べ、硬貨の投入時刻と停留所の位置を照合した。差額の出る日は、トンネル手前の停留所で車椅子の乗客が利用した日と重なっていた。
「もしかして二回押してしまったんでしょうか」。担当者は機械の故障を疑った。律は余分に料金を取っていないか先に調査するよう求めた。影の正体より、実際の乗客が損をしていたらその方が急ぎだった。
深夜の試乗に同行すると、トンネルの中で後部座席が一度だけ冷えた。律は自分の息が白くならないことを確かめ、空調の吹き出し口を見た。隣の席には誰もいない。車窓の暗いガラスに、降車ボタンを押す手だけが映ったように見えた。
運転士は視線を逸らさず、定刻どおりに走った。無理に停車すれば後続車の危険がある。律も彼へ話しかけず、終点まで座っていた。
律は終点で一度、座席を全部確認した。運転士の仕事の真似をするためではなく、影を探す前に実際の忘れ物がないか確かめたかった。後部座席には子供の小さな靴下が落ちていた。律は乗務員へ渡し、見つかった場所を告げた。誰も見えない人影を追う一方で、本当に乗っていた人の持ち物を見落としたくなかった。
車庫に戻ると運賃箱の過払いは機械の接触不良と判明した。車内に映った人影は、まだ説明がつかなかった。




