冬用の赤布
山岳会は中継局の裏にある旧道を閉鎖し、冬までに新しい案内標識を設けると決めた。鷲尾は作業へ同行し、雪で埋もれにくい高さを職員と話し合った。古い標識は資料室へ移し、壊れた部分を修復する専門家を探すことになった。
深見は木札に書かれた文字が、かつて救助隊で使われた識別番号に似ていると知った。番号は誰かの名前ではなく、担当した沢を示すものだった。鷲尾はそこで初めて、消された地名と無線の声を同じ救助活動へ結びつけようとしていた自分に気づいた。
中継局の試験放送は正常に届いた。夜の混入音はまだ時々残るが、住民の避難情報を妨げるほどではない。久保は修理予定に機器交換を加え、外部の専門会社へ症状を伝えた。
作業を終えた鷲尾は山小屋の管理人から赤い布を受け取った。雪の日に道の端へ結ぶ、普通の目印だ。「冬にまた来るなら、これを覚えておきなさい」。管理人は慣れた手で枝へ結んでみせた。
深見は布をほどき、今は使わないよう鷲尾に渡した。季節の目印を早く掲げると、かえって道を間違える人がいる。山に必要なものにも、使う時期があった。
鷲尾は凍結した道を歩いた経験がまだ少なかった。管理人は雪の時だけ見える低い標識や、風で埋まる沢の位置を教えた。深見は教わった場所を写真で確かめ、夏の地図へ安易に同じ印を付けなかった。季節が変われば山の形は同じでも、人の歩ける範囲は変わる。
鷲尾は赤布の結び目を解かずに覚えた。
車で町へ戻る途中、遠くの民家から夕飯の煙が上がっていた。鷲尾は通信ログより先に、久保が教えてくれた道の凍結箇所を地図へ書き込んだ。




