返信のない無線
中継局の技師・久保から、山小屋の旧無線機が勝手に受信状態になると連絡があった。深見は管理人に許可を取り、鷲尾とともに電源の切れた装置を確認した。表示灯は消えているが、受話器の奥で砂を擦るような音がする。
鷲尾が受話器を持ち上げると、自分の呼吸に似た音が返った。深見は一度だけ手を出し、受話器を台へ戻すよう示した。見えない相手へ呼び掛ける前に、回路へ電流が残っていないか確かめる必要がある。
久保が配線図を調べると、この無線機は以前、山岳救助隊が使っていたものだった。今は展示用に置かれ、通信設備とは切り離されている。装置を分解すれば原因を探せるが、山小屋を管理する団体の同意がいる。
救助隊に長くいた男性が来て、無線機の前で帽子を取った。昔、雪崩で行方が分からなくなった隊員がいるという。深見は話を遮らずに聞いた。ただし音の正体をその人に結びつけなかった。山には行方不明者がほかにもいる。
夕方、久保は電池の入っていない別の受話器を接続した。砂を擦る音は止まり、窓の外で風が木の枝を揺らす音だけが残った。鷲尾は顔を上げ、静かな山小屋の中へ耳を澄ませた。
管理人は山小屋の片隅に古い救急箱を置いていた。深見が中身の期限を確認すると、包帯の一部が交換時期を過ぎていた。管理人はそれを受け取り、次の入山日に補充すると言った。砂の音の謎と違い、こちらは今日から対処できる。鷲尾は購入先を手帳へ書き、山を下りる途中で店の場所を調べた。
無線機には『使用禁止』の札が付けられた。救助隊の男性は展示をやめないでほしいと頼んだ。深見は管理団体へその希望を伝えると約束した。




