折れた道標
鷲尾は中継局の裏に倒れていた標識を自治体の職員と調べた。板は二つに割れ、削られた地名の下へ赤い塗料が残っている。山道の廃止に伴う表示変更かもしれない。深見は古い登山地図を取り寄せるよう頼んだ。
下山した登山客の女性が、道標の前で同じ人に三度出会ったと話した。会うたび相手は違う方向から歩いてきたという。顔をよく見たか尋ねると、女性は首を振った。帽子が深く、挨拶もしなかったらしい。
女性は怖がっているように見えたが、深見が同行者の安全を確認すると、友人は全員無事だった。鷲尾は通った道を地図へ落とし、道標の位置を複数の角度から測った。曲がった山道では同じ人と何度かすれ違うこともある。
山岳会の代表が訪れ、標識の修理を申し出た。しかし現在の地図にない道を示してしまう可能性があり、市は慎重だった。ひとまず『通行止め』の表示を整え、別の安全な登山口を案内することになった。
深見は道標の裏側に、針金で巻き付けられた小さな木札を見つけた。文字は読めない。鷲尾が強く引こうとすると、深見は止めた。金属が錆び、板ごと割れる危険があった。
山岳会の人々は標識を運ぶため、太さの違う縄を使い分けていた。鷲尾が感心すると、代表は湿った木を一人で持ち上げないよう注意した。怪異がいようといまいと、山での事故は多くが足元から始まる。深見は撤収の列の最後を歩き、標識の場所が下山者へ伝わっているか見た。
帰る前、登山客の女性が受付へ電話をくれた。自分が会った相手は同じ人ではなく、帽子の色がよく似ていただけかもしれない、と。深見はその訂正を先の証言と一緒に残した。




