山の中継局
山沿いの町から、夜間の防災無線に人の声が混じるという相談が来た。深見岳と新人の鷲尾響は管理棟を訪れ、無線技師の久保から運用記録を見せてもらった。音声は一瞬で、決まった時刻ではない。停電や故障も考えられた。
中継局は山道の先にあり、冬は雪で車が入れない。久保は送信機を止める前に、住民へ知らせる手続きが必要だと説明した。防災無線は不便でも欠かせない。調査のためだけに全域の連絡を止めるわけにはいかなかった。
試験放送の際、鷲尾の耳には「戻るな」と聞こえた。久保は別の音節を聞き取っていた。深見は各人の証言を別の用紙へ書いてもらい、聞き取れない部分も残しておいた。
小屋の裏には古い登山道の標識が倒れていた。板には複数の山名が書かれ、一番下の名だけ削られている。久保によると、登山道の付け替えで使われなくなった標識らしい。深見は不用意に持ち帰らず、土地の所有者へ確認を頼んだ。
夕方、町の避難訓練の放送が流れた。高齢の住民が戸を開け、放送の時刻を確かめていた。鷲尾は混じる声ばかりを追う前に、正しい放送が届いているかも調べた。
久保は停電用の非常電源を点検し、燃料が十分か確かめた。山中で機器が止まれば、悪天候の時に声を届けられなくなる。鷲尾は怪しい放送に気を取られ、肝心の電源装置をまだ見ていなかったことを恥じた。深見はそれを責めず、調査の最初へ戻って確認すればよいと伝えた。
予備電池の数も久保が二重に確かめた。
夜の試験が終わると、久保は機器のログを保存した。山は静かで、アンテナの赤い灯だけが規則正しく点滅していた。




