最後の客札
榊は銭湯の倉庫から番号札の束を持ってきた。常連の中には、自分の靴箱番号を決めていた人が多い。亡くなった客の番号をすぐ別の人へ渡さない習慣もあったという。律は一つずつを触らず、箱の仕切りを確認した。
木札の『三』だけが新しく見えた。榊は前の主人が補修したはずだと言う。裏には小さな釘穴が二つあり、もとは別の場所に吊るされていたらしい。律は照明を当て、木の削れ方を写真に収めた。
昼間、銭湯に通う高校生が、番台の時計はいつも少し早いと話した。終電に間に合うように急かすためだと思っていたという。律は笑いながら、そのずれがいつからか聞いた。高校生は分からないと答えた。知らないことを知らないままにしてよい相手もいる。
閉店時刻になり、榊は靴箱を見回した。三番には靴が入っていない。扉を閉めると、空の箱の奥で三度だけ板が鳴った。律が箱を開けると、底板に細い水滴が並んでいた。
榊の手が震えた。怖いからではなく、自分の父親が同じ番号を最後まで空けていたことを思い出したからだという。「待っていた人がいたのかもしれませんね」。律はそう言いかけ、飲み込んだ。確かめられない慰めは押し付けたくなかった。
律が木札の収納箱を調べると、三番以外にも補修した札がいくつもあった。いつ交換したかの帳面はない。榊は父の手仕事を覚えているが、年月までは曖昧だった。律は記憶が曖昧なことを責めず、今使っている札にだけ日付を付ける方法を勧めた。新しく作る記録は、古い曖昧さをそのまま埋めずに済む。
代わりに、律は濡れた底板を乾いた布で包み、腐食が広がらないよう助言した。銭湯は翌日も開けることになった。




