銭湯の三分
古い銭湯の時計が、閉店後だけ三分遅れるという連絡が東部支所に届いた。担当になった古川律は、浴場の主人・榊と一緒に壁掛け時計を外した。針の軸は正常で、電池も新しい。湯気による故障なら営業時間中にも遅れそうだった。
番台の裏には、もう一つ古い時計が置かれていた。こちらは毎晩、閉店後に三分進む。榊は「二つ足せばちょうどになる」と冗談を言ったが、律は時計の時刻より、ずれ始める瞬間を知りたかった。
閉店作業が始まると、脱衣場には石鹸の匂いだけが残った。最後の客が暖簾をくぐり、榊が入口の鍵を掛ける。その時、壁の時計が一度だけ止まった。針は三分後に動き出し、番台の時計はその間だけ早く進んでいた。
律が柱へ符を近づけても反応はなかった。かわりに浴槽の底から、小さく木の板を叩く音がした。榊によれば昔、浴槽に湯を送る時、板で管を鳴らして知らせていたという。今は自動制御になっている。
律は風呂場へ入り、湯を抜いた後の配管を調べた。水は残っておらず、奥に古い銅管が一本だけ封じられている。音はそこから伝わってくるようだった。
脱衣場には忘れ物を入れる籠が二つあった。使えるものと持ち主へ返すものを榊が分けている。律は籠の一番上にあった小さな櫛を見つけたが、手に取らなかった。持ち主がいつ取りに来るか分からない。三分間の不思議を調べる場所でも、誰かの持ち物にはそれぞれの事情があった。
榊は明日の朝も営業すると言った。律は機械を止めず、時計を元に戻した。湯を沸かすために誰かが働く場所を、三分の謎だけで閉めるわけにはいかなかった。




