五番荷役
港湾資料館の学芸員は『五番』の木札を見るなり、古い荷役班の札だと認めた。船が着くたび班が変わり、番号が同じでも人は入れ替わったという。相良は札を預ける前に、倉庫長と所有者を確認した。展示品にするかどうかは別の話だった。
学芸員の資料には、荷役班が帰港しなかった船員の荷物を預かる習慣があったと書かれていた。封を開けず一定期間保管し、引き取り手がなければ組合で相談する。その管理欄には『渡した』と『受けた』が使われていた。数量だけでは足りない帳面だった。
鷲尾は「塩も誰かへ渡したんでしょうか」と尋ねた。学芸員は答えを知らなかった。ただ昔の塩は保存にも弔いにも使われた。今の袋から減っている分が、同じ用途で消えたと断定することはできない。
資料館には港で働いた人々の写真が並んでいる。傷んだ長靴を揃えた若者、船を待つ家族、仕事を終えて笑う女たち。鷲尾は五番班の集合写真を探したが、見つかったのは道具だけだった。
倉庫へ戻る途中、学芸員から電話が入った。五番の札は台秤の盤面に刻まれた小さな傷と形が似ているという。鷲尾は翌日の検査でそれを確かめると約束した。
学芸員は傷んだ帳面を開く時、頁の下へ薄い台を差し込んだ。紙の重みで綴じ糸が切れるのを避けるためだ。鷲尾が器具を見ていると、学芸員は『古いものを守るのに力はあまり使いません』と説明した。鷲尾は術式でも同じことが言えるか考え、黙って古い紙がめくられるのを待った。
帰港を知らせる汽笛が鳴った。岸壁では作業員が綱を取り、鷲尾の目の前で新しい荷が次々と陸へ運ばれていった。




