梁の乾いた手
鷲尾響は港の倉庫で、前日に撮影した濡れた手形と同じ位置を調べた。朝の梁は乾いていた。濡れた跡だけが塩袋へ残り、指の長さは見る角度で変わっていた。脚立に上がる前に、倉庫長から安全帯を借りる。
梁の裏には古い麻縄が巻き付いていた。作業員は荷を固定するためのものだと言うが、今の手順では使わない位置だった。鷲尾が触れずに照明を当てると、縄の繊維が一度だけふくらんだ。潮風のせいか、何かがほどこうとしたのか。
相良はそこで術具を抜かなかった。縄の真下にはまだ荷物があり、力を加えて落下させれば作業員を危険に晒す。荷を移す段取りは倉庫長に任せ、退魔師は危険区域へ近づく人がいないか見守った。
作業の終わりに、梁から小さな木札が落ちた。表には船の絵、裏には『五番』の墨字がある。倉庫長は知らない札だったが、長く働く運搬員は、昔の荷役班が持ち場を示すため使ったと話した。番号は妖魔の階級ではなく、人間の仕事の印かもしれなかった。
鷲尾は手形の長さを自分の手と比べる写真を撮った。見た目だけで恐ろしいものへ仕立てるより、まず寸法を残す方が役に立つ。
倉庫には外国から届いた箱もあり、注意書きの言語が異なっていた。鷲尾は翻訳された安全表示を探し、分からない単語をそのままにしなかった。相良は港の異変より先に、作業員が読める指示になっているか確かめた。麻縄の下で働く人には、怪異の存在を知らなくても身を守る権利がある。
作業員が帰るころ、梁の縄はゆっくりと垂れ下がった。誰も引いていないように見えたが、相良は無人を確認できた範囲だけ報告し、倉庫を一夜閉じるよう依頼した。




