午後三時の空白
病院は屋上の歌声に関する対応を決めた。設備室への立ち入りを限り、換気装置の整備と並行して様子を見る。深見は必要以上の封印を施さなかった。患者の生命に関わる機械へ術を掛けるリスクの方が大きかったからだ。
千田は休憩時間に古い面会記録の抜粋を持ってきた。個人名は伏せられている。かつて午後三時に面会終了を知らせる鐘が鳴り、そのあと職員が眠れない子をあやしたという記述がある。歌詞までは残っていなかった。
深見は鐘と歌の関係を疑ったが、確かめようがなかった。屋上では風が吹き、給水塔の金具が軽く鳴る。千田はその音に以前ほど身構えなくなっていた。「怖い歌ではない気がしてきました」。深見は同意も否定もしなかった。
倉庫の保育器は、院内展示の候補として写真が撮られた。処分するか保存するかを決めるのは、今もそこで働く人たちだ。深見は報告書に設備の問題を先に書き、聞こえた旋律については証言の違いも残した。
面会時間が終わるころ、患者の祖母がエレベーター前で迷っていた。千田は歌の調査を中断して一緒に出口まで歩いた。深見はその後ろを少し離れて進む。
千田は展示室の説明文を二度書き直した。『命を救った機械』では、その日に力を尽くした医師や看護師、家族の努力が消えてしまう。最終的には『当時の新生児医療を支えた器具』と記した。深見は専門外だと言いながらも、その文面なら病院の時間が伝わると思った。
午後三時十二分を過ぎた病院では、誰も屋上の方を向かなかった。歌が聞こえない日もあり、その静けさを誰かの不在と決める必要はなかった。




