歌のない録音
深見は屋上の旋律を確認するため、病院の許可を得て設備室だけに集音器を設置した。患者の声が混じらないよう、病棟側へ向けない機種を選んだ。録音開始前、千田と一緒に試聴し、どの範囲の音が入るか確かめた。
午後三時十二分、扉の向こうから歌が聞こえた。千田は口元を押さえたが、深見は録音を止めなかった。旋律が終わると、機器の表示は正常だった。再生した音には換気扇と風の音しかない。
千田は「やっぱり私だけに聞こえるんでしょうか」と肩を落とした。深見は首を横に振った。自分も確かに旋律を聞いている。録音に残らないからと、聞いた事実まで消えるわけではない。
病院の古い配置図を確認すると、屋上の下には以前、面会室があった。現在は壁が移され、設備室になっている。深見はそこで使われた時計の位置を調べ、歌声が始まる時刻との一致を見つけた。ただ、時計は十年以上前に撤去済みだった。
面会室の記録を探すには、患者の個人情報に触れる可能性がある。病院の法務担当へ相談し、必要な部分だけを職員側で抽出してもらうことにした。深見は自分の立場で見てよい資料を選んだ。
記録用の集音器は、使い終えるたび病院の金庫へしまわれた。深見が持ち帰らないと知って千田は安心した。患者の声が入っていない確認も、病院側の担当者が行う。怪異の調査で集めた情報を、ほかの目的に流用してはならない。深見は媒体の管理番号を記録し、退館の時刻を受付へ告げた。
窓のない設備室を出ると、廊下の向こうに小さな笑い声がした。退院する家族が看護師へ頭を下げている。千田は手を振り、また持ち場へ戻った。




