屋上の子守歌
都内の産科病院で、使われていない屋上から歌声がすると相談があった。調査に来た退魔師の深見岳は、病院の保安担当から鍵を預かり、昇降階段をゆっくり上がった。屋上には給水設備が並び、風除けの壁が低い。
歌声は午後三時すぎにだけ聞こえるという。深見は時間より先に、産科の面会や掃除の予定を確認した。屋上に近い病室では、子供を寝かしつけるため同じ童謡を歌うことがある。声が空調を伝うなら、怪異ではなく建物の構造かもしれない。
看護師の千田は、その日だけ歌詞が一節増えると話した。「知らない子の名前を呼んでいるように聞こえるんです」。深見は実際の歌を聞く前に名前を尋ねなかった。聞き手の期待が歌詞を変えてしまうことがあるからだ。
定刻、換気扇の音の間に細い旋律が混じった。深見には言葉まで聞こえない。千田は壁に手を当て、確かに一人分の声がしたと証言した。二人の聞こえ方は違ったが、どちらかを間違いにする必要もなかった。
設備担当がファンを止めると旋律は消えた。深見が回転を再開させても、すぐには戻らない。機械だけが原因なら再現するはずだ。建物に残る何かが、機械の音を借りている可能性もある。
屋上を調べる前、深見は千田が午後三時にどの仕事をしているか尋ねた。看護師はその頃、授乳の指導を終えて記録を書くことが多いという。誰かの疲れや忙しさを怪異のせいにするつもりはないが、同じ条件で聞こえるかは重要だった。千田は明日の勤務表にも印を付け、聞き取った人を増やさずに確かめると約束した。
屋上扉へ新しい施錠札が付けられた。深見が階段を降りると、分娩室の廊下では家族が小さな産声に涙をこぼしていた。




