海辺の文具店
三崎と井波が島岡の文具店へ着いたのは、地元の小学校が下校する時間だった。狭い店内にはノートと絵の具が並び、レジの横には鉛筆を削る古い機械が置かれている。島岡は客の会計を終えてから、奥の椅子を二脚出した。
「話せるのは、覚えている範囲だけです」。彼は最初にそう断った。二十年前、木戸の調査では確かに四人が出発した。ただし一人は正式な退魔師ではなく、道の向こうから帰る人を迎えるために雇われた地元の男だったという。
その男の名を尋ねると、島岡は鉛筆を持ったまま黙った。忘れているのではない。報告書に氏名を書いたはずなのに、後から開くとその欄だけ空白になっていた。書き直すたび同じことが起こり、最後には本人が名を書くのをやめた。
井波は怪異の仕業だと決めつけず、紙やインクの性質も尋ねた。島岡は当時の筆記具を取り出して見せたが、同じ型は今では製造されていない。二人は店先に残っていた予備のインクを借り、支所で検査することにした。
子供が消しゴムを買いに来たので、会話はそこで途切れた。島岡は釣り銭を渡し、忘れ物の名札まで確かめて送り出した。現役を退いても、人の名前を大事にする癖は変わらないらしい。
昼休みには店の外で海風が吹き、ガラスに貼られた新学期の案内がめくれた。島岡は歩いてきた保護者へノートの在庫を説明し、待っている井波たちには湯を継ぎ足した。退魔師だった頃の話をする時と違い、文具の品番を答える声は迷いがなかった。井波はその姿を見て、引退後に築いた時間の長さを感じた。
帰り際、島岡は三崎の手を止めた。「戻った者を数える時、迎えに行った者を忘れないでください」。三崎はその言葉を復唱せず、店の営業時間を記した名刺を受け取った。




