洗濯屋の屋号
町内会の資料室にあった写真には、かつての洗濯屋の看板が写っていた。『白鳥洗濯所』。澪が金属ボタンの刻印を見せると、世話役の女性はすぐに頷いた。制服の袖を留めるのではなく、洗い上がった衣類に取り付ける識別札だったらしい。
写真の端には井戸端で桶を並べる大人が数人いる。明るい顔をしているが、誰もこちらを向いていない。澪は一人ずつの顔を拡大せず、看板と作業道具が写った部分だけ複写した。個人の暮らしを調べる許可を得たわけではなかった。
当時を知る女性の話では、洗濯所は病院の寝具も引き受けていたという。戦後しばらくは水が足りず、井戸を借りて夜に洗った日もあった。子供たちは仕事の邪魔をしないよう、洗い場の反対側で遊んでいた。
「袖を引く人がいたと聞いたことは」。澪が尋ねると、女性は首を振った。ただ、濡れた衣類を勝手に持ち去られないよう、帰り際には互いの袖を掴んで確かめたという。暗い場所で人違いを防ぐ、ありふれた用心だった。
澪は聞いたことを教頭へ伝え、学校側の安全手順に変更がないことを確認した。子供の訴えは訴えとして扱う。それとは別に、古い習慣は大人の仕事の記憶として残しておく。
洗濯所の看板写真は、元の所有者が町内会へ貸していたものだった。澪は複写の可否を改めて確認した。女性は少し驚き、祖母の写真を乱暴に扱われないなら構わないと答えた。紙の裏には店を閉めた年が鉛筆で書かれている。澪はその日付を資料へ写し、写真自体は厚紙へ挟んで返した。
資料室から出ると、洗濯物を干す家々の間を風が抜けていた。手元のボタンは小さく軽い。澪にはそれがなぜ土の下に残っていたのか、まだ分からなかった。




