川原の名前
森崎は橋の近くで暮らす漁具店の主人から、古い川原の呼び名を聞き取っていた。昔は橋の下流に『呼び返し淵』と呼ばれる浅瀬があったという。学校帰りの子供が親の名を真似して遊んだ場所で、決して近寄るなという禁忌があったわけではない。
主人は若い頃の写真を出した。川辺には十人ほどが立ち、桶を洗っている。相良は写真を見て「怖い話を探しているわけではありません」と断った。記憶が怪談へ寄りすぎれば、事故の原因まで見失う。主人は少し安心したように頷いた。
奈央は手首の輪の痕を見せるか迷った末、見せなかった。聞き取りをする相手を不安にさせてまで証言を求める必要はない。代わりに当時の増水記録を尋ねると、主人は橋が架け替えられた年だけははっきり覚えていた。洪水で店を休んだからだ。
市役所の保管する工事写真には、現在の橋脚と違う角度に打たれた基礎杭が写っていた。その周囲へ縄を張る作業員がいるが、祭具に見えるものはない。森崎は縄を封印と呼ばず、当時の安全器具を扱う会社へ確認を頼んだ。
帰りに主人が昔の川原の名前を紙へ書いてくれた。漢字は分からず、音だけが残っているという。森崎は仮名のまま受け取った。正しい漢字を勝手に当てれば、別の土地の古い記録へたどり着いてしまう。
漁具店の棚には小さな浮きが並んでいた。主人は橋が架かる前、川を渡る人が浅瀬の位置を知らせるため浮きを使ったと語った。森崎は一つを手に取り、現代の救命具とは構造が違うことを知る。主人は古道具を戻し、これからも店に置くつもりだと言った。地域の知恵を調査資料にする時、品まで取り上げない方がよい。
翌日の回覧板には河川敷の清掃日が載っていた。主人も参加する予定だ。調査中の淵から離れた場所で、町の人はいつもどおり河原を使い続けていた。




