橋脚の影尺
河川橋では、相良が橋脚の影の長さを測るため朝から待機していた。橋の上を走る車の影と、橋脚自身の影は別に記録する。越智奈央は前回、濡れた砂が輪を描いた位置へ目印を置き、水位と日照を同時に確認した。
正午、橋脚の影は短くなった。それでも水面から遠い場所に、細い黒線だけが残る。奈央が札を近づけると黒線は二本に割れ、すぐ戻った。「動いています」。相良は踏み込まず、固定カメラの位置を変えた。
道路管理の職員が点検に来て、下部通路の閉鎖が延びると困ると話した。遠回りする配送員には朝の十分が大きい。相良は理由を曖昧にせず、転落防止の追加調査が終わるまで危険区域へ入れないと説明した。職員は仮設の手摺を設ける案を持ち帰った。
森崎は地上の監視台にいた。耳の奥に残る水音は消えたが、名前を呼ばれる夢を時々見る。現場への復帰許可は出ている。それでも相良は水面近くの観測役に回さなかった。恐怖を克服させるために危険へ戻す理由はない。
昼食の時間に、橋の向こうの弁当屋が代金を取り損ねそうになった。森崎は受け取った二つの弁当の値段を確認し、きちんと払った。小さな橋の仕事が、何軒もの店と結びついているのを感じた。
相良は観測の合間、奈央が河川敷で拾った子供用の帽子を管理事務所へ届けた。拾得物の処理は退魔師の仕事ではない。それでも誰かが待っているなら、正しい場所に返した方がいい。奈央は手首の痕を袖で隠さず、受領票へ名前を書いた。怪異に巻き込まれた手も、今は落とし物を渡せる手だった。
夕刻、黒線が不意に消えた。奈央は成功と記さず、消失時刻と風向きを記録する。翌朝また同じ影が現れるなら、今までの観測に意味が生まれる。




