木戸の朝靄
茶舗の裏口へ着いた篠原澪は、老女の宮野から、木戸には誰も触れていないと聞いた。錠前は掛かったままだったが、扉と柱の間に指二本ほどの隙間がある。雨は降っていない。内側から湿った土の匂いだけが漂った。
三崎が蝶番へ紙片を差し、澪は石畳の足跡を写した。靴底の模様は一つもない。かわりに、薄い藁の筋が扉の手前まで続いていた。宮野はそれを見て顔をしかめた。「祖母が使っていた敷物と同じ編み方です」。
古川律は周辺の通行人に話を聞いた。向かいの八百屋は、朝五時ごろ荷車のきしむ音を聞いたという。道路には車輪の痕がなく、監視映像でも通過する人は見つからない。ただ録画の一部だけ、画面端の木戸が白く霞んでいた。
澪が隙間を覗こうとすると、三崎が袖を引いた。先月、東雲が避けろと教えた右の石に、微かな水滴が浮いていたからだ。彼らは開口部を塞がず、通りから見えない低い衝立を置いた。近所の人が怖がらずに買い物を続けられるようにするためだった。
昼前、宮野は店の帳場から古い藁座布団を持ってきた。編み目を比べると、床に落ちた藁とよく似ていた。しかし座布団は乾いており、抜けた跡もない。澪は比較用の写真だけ撮って返した。母屋の品まで証拠品として持ち去る必要はない。
宮野は店の壁に掛けた小さな暦を指した。木戸が開いていたのは、祖父の命日でも祭日でもない平日だった。澪は同じ曜日の過去の記録を探したが、扉の開閉と重なる規則は見つからなかった。老女は暦を掛け直し、明日の配達先に丸を付けた。調査の都合だけで店の予定を変えることはできない。
店じまいの時間、宮野は木戸の前へ湯飲みを置こうとして手を止めた。「まだ、誰が戻ってきたのか分からないものね」。澪は返事をせず、その選択を記録帳へ記した。




