長靴を置く棚
木工所の主人は、古い棚の写真を見るなり首を傾げた。「これは家具というより道具だね」。三崎の説明では、住民が触れても安全な高さと幅にしなければならない。主人は木目の細い杉板を選んだ。
棚を作る間、澪は窓口の問い合わせに追われた。別の家では井戸から声がする。都電沿いでは誰もいない踏切の鈴が鳴る。電話の向こうの怯えに、集合住宅の件だけが特別だと答えることはできなかった。
夜、完成した棚を三階へ運ぶと、長靴は壁際から少しも動かなかった。札が一枚だけ湿り、床の小さな足跡は階段の途中で止まっていた。
三崎は棚の端を七年前の釘穴へ合わせ、古い板に残る削り跡と同じ向きに固定した。大工が最後の釘を打った瞬間、室内の温度が一度下がった。壁の内側から、ぞろりと泥を引きずる音がする。
澪は思わず前へ出たが、三崎が腕で止めた。床に染み出した水は人の形を取らず、棚の下へ集まっていく。黄色い長靴の片方が、ゆっくりつま先を川の方へ向けた。
棚は子供がぶつかっても角で怪我をしないよう、先端が丸められていた。木工所の主人が頼まれていない加工を加えたのだ。三崎が礼を言うと、主人は「そこは家具屋の仕事ですから」と答えた。澪は、説明できないものと向き合う時も、普段どおりの技術が役に立つのだと思った。
管理人は廊下の端から見ていた。彼女は棚に手を当て、小さく「おかえり」と言った。澪には誰に向けた言葉なのか分からない。
翌朝の検査まで住民は戻せない。三崎は養生テープの張り方を大工と相談し、生活動線を塞がないように直した。恐ろしい音が消えた夜にも、階段を上る人の手すりは必要だった。




