同じ川ではない
古い地図を並べると、東部支所の周囲には暗渠となった川が幾筋もあった。篠原澪は河川橋、茶舗の木戸、集合住宅の位置へ印を付けた。三つは同じ水系に見えたが、地下の流れは年代によって変わっている。
土木担当者の説明では、地図上でつながる川も実際の地下水は別方向へ流れることがある。澪は一本の線で結論を出すのをやめ、各年代の地図を重ねて確かめた。
三崎は「怪異も川の名前を守ってくれるわけじゃない」と言った。昔の地名だけで正体を決めれば、目の前の現場を見誤る。
井波は退職者への連絡に成功した。電話の向こうの男性は、木戸の先で起きたことを語りたがらなかった。「俺たちは、戻れた人間を数えるだけで精一杯だった」。声にはまだ緊張が残っている。
「鍵は何に使うものですか」
澪が尋ねると、男性は長く黙ったあと、「出て行くためじゃない。外から帰ってきた人のために使う」と答えた。
別の年代の地図には、小川が小さな池へ分かれていた時期もある。澪はその池が埋まった時代を調べ始めた。
電話を終えた澪は、退職者への礼状を下書きした。話したくない記憶を尋ねたのだから、必要以上に追いかけるべきではない。井波は本人が望むなら面談の場を用意すると伝え、住所を別の書類へ封じた。過去を知る人も、今の暮らしを持っている。
その言葉を聞いても、澪には意味が分からなかった。だが、鍵を開けることだけを目的にしていた自分の考えが間違っていたとは分かった。
夕方、地下書庫の床を調べると、泥の跡が小さな円を描いていた。川の流れのようにも、誰かが足を揃えて立った跡にも見える。澪は形を写し、箱の前に何も置かず扉を閉めた。




