三つの鍵
井波は古い鍵箱の棚を作り直していた。資料が増え、紐の付いた鍵を横に寝かせるだけでは見分けがつかない。篠原澪が手伝い、札の地名と保管番号を一枚ずつ読み上げた。
茶舗の裏路地に関係する鍵は三本あった。二本はすでに調べた真鍮の鍵と鉄の鍵。最後の一本は細い木製で、鍵穴へ差し込む形ではない。井波はそれを手に取り、記憶をたどった。
「これ、鍵じゃなくて、結界の輪を留める楔かもしれない」
木の表面には、触れると指先が軽く痺れる線が刻まれている。現代の退魔術とは書き方が違う。古い術師たちが町の境を守るために使った形式だと、井波は説明した。
三崎は楔を見ても、すぐ木戸へ持って行くとは言わなかった。欠けた輪へ楔を戻せば何が起こるか、知っている者がいないからだ。書きかけの報告書ではなく、当時の現場写真が必要になる。
澪は鍵箱の底から、退色した一枚の紙を見つけた。『持出しは二名以上で行うこと』とあり、押印は井波が入職する前のものだった。
「二人で、ってどこにも書いてありますね」
三崎は保管庫の温度記録も見直した。楔に触れるだけで痺れたという証言と、室温の上昇を混同したくなかった。
澪が木製の楔を透かして見ると、線の間に黒い繊維が挟まっていた。紙でも糸でもない。井波は採取せず専門家へ照会するため撮影した。切り取って正体を調べれば、二度と同じ状態へ戻せない。分からないものを傷つけない手順も、退魔師には必要だった。
井波は短く頷いた。単独で持つべきでないものがあるという教訓は、時代が変わっても残る。
木製の楔は封筒へ戻された。棚に並んだ三つの鍵は、形も役割も異なるまま、同じ地名の下へ収められた。




