差し戻された名前
東部支所の記録室で、井波は報告書の差し戻し通知を受け取った。現場へ出た人数と帰還人数が一致しないという理由で、本部の監査担当が古い案件の再調査を求めていた。対象には茶舗の木戸の記録も含まれている。
「数字を直すだけなら簡単なんですがね」
井波は篠原澪へ二枚の紙を見せた。どちらも正規の報告書で、違うのは『同行者』の一行だけだった。片方には退魔師が三名、もう片方には四名とある。四人目の氏名欄は空白だった。
澪は前回の木戸で聞いた足音を思い出した。三崎と古川律、自分。帰還を確認したのは三名だった。余分な一名がいた証拠にはならないが、なかったことにしていいとも思えない。
本部からは定型の回答を求められていた。『記載誤り』『数え間違い』『調査継続』の三択。井波は迷わず最後へ印を付けた。説明できないものを誤記として処理すれば、いつか同じ現場へ人を送った時に危険を伝えられない。
井波は札の色を一段薄いものへ替えた。警告ではなく、調査が続いていることを示すためだった。
澪は監査の質問へ答える前、木戸で自分が聞いた声の位置を図へ落とした。振り返った時に聞いたのか、進む時に聞いたのか。記憶は一度書かなければ変わってしまう。井波はそこへ訂正の履歴を添え、後から都合よく書き換えられないよう保管した。
澪は記録箱を棚へ戻す途中、古い路地図の裏に手書きの印を見つけた。石段のそばに小さな丸が一つある。丸の脇には『迎えは二人で』と書かれていた。
誰が誰を迎えるのかは分からない。井波は図を拡大して保存し、原本の返却日を記した。調査の続きは急がず、まず木戸の外で待つ人に事情を聞くことになった。




