山の仕事
谷へ入る道を閉じる作業は、町の職員と山岳救助隊の協力で行われた。深見岳は退魔師の札だけに頼らず、木柵と標識の設置を優先した。壊れた道は、生きている人間にとっても危険だった。
堀田は赤い布の持ち主を探し、山岳会の古い記録を整理した。崩落の日、少年は下山する人々へ帰り道を知らせていた。残された腕章には名前の刺繍があり、家族へ返せる可能性があった。
「戻ってきた男は少年だったんでしょうか」
堀田の問いに、深見は答えなかった。姿は大人だったし、腕章を見て止まった理由も分からない。誰かの死を説明するために、別の誰かの姿を借りることは避けたかった。
作業の終了時、道標の影が少しだけ変わった。以前は谷へ伸びていた線が、現在の散策路へ重なる。堀田は記録写真を撮り、時間帯ごとに照合した。
散策に来た老夫婦が新しい看板の前で足を止めた。「これなら迷わず帰れますね」と女性が言う。深見は「気をつけて」とだけ答えた。山の不思議を理解したことより、今日も誰かが無事に下りられることの方が重要だった。
山岳会の遺族を探す作業は、数日では終わらなかった。堀田は名簿の字を読み直し、同じ名字の人へ誤って連絡しないよう確かめた。深見は報告書に『返還先調査中』と記した。誰かの遺品を返すことも、人間の時間に合わせて進める必要があった。
夕方、堀田は道標の根元へ落ち葉を寄せた。石の影は動かない。だが風の切れ目で、谷の方から一度だけ「おかえり」という声が届いた。
深見は聞こえた時刻を記録し、帰路の点検を終えて山を下りた。麓の売店では、店員が閉店の札を掛けていた。




