石段を登る者
道標の調査三日目、深見岳は旧道の上に新しい靴跡を見つけた。大きさは成人のものだが、かかとが先へ向いている。まるで後ろ向きに坂を登ってきたような跡だった。
山岳救助隊の篠塚隊員が合流し、地面を確かめた。「人がふざけて歩いた可能性もありますね」。深見はその可能性を消さなかった。怪異の疑いがあるからといって、普通の危険を無視してはいけない。
二人が旧階段の手前で話していると、谷から衣擦れの音がした。濡れた布を引くような音が近づく。堀田が結界札を置くと、札の上に土が一粒落ちた。
やがて階段の影から、腰まで泥に汚れた男が現れた。顔が見えない。体の輪郭は人間に似ているが、踏み出す足の位置が石段と噛み合っていなかった。
篠塚は身を引いた。深見は男へ進路を示さず、谷へ戻るよう告げた。男は一歩進み、堀田の札が燃えた。冷たい煙が立ち、周囲の音が一瞬遠のく。
深見は篠塚から借りた登山用のロープを返し、損傷がないか二人で確かめた。次も使う道具だからだ。
篠塚は救助隊の仲間へ怪異の詳細を伝えられなかったが、旧階段には進まないよう具体的な危険を説明した。土が崩れやすく、足場の奥を確認できない。それだけでも立入禁止には十分だった。深見は無理に秘密を共有せず、相手の仕事に必要な情報を渡した。
深見が地面へ古い山岳会の腕章を置くと、男は止まった。腕章に触れることもなく、肩だけを大きく揺らした。泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
男が消えたあと、石段には新しい泥が残った。深見は無理に追わず、谷の入口へ二重の警戒札を張った。篠塚は息を整え、救助隊へ危険区域の情報を送った。




