運び手の手首
減った塩の調査を続ける吉岡玲奈は、夜勤作業員の一人が手首に火傷に似た痕を持つことに気づいた。本人は気づいていなかったが、袋を持ち上げると赤い線が浮かぶ。玲奈は作業を一時止め、産業医へ診てもらうよう勧めた。
痕は怪我ではなかった。休憩すれば薄くなり、同じ倉庫で作業すると戻る。作業員は「何かに持たされている感じがする」と言った。怖がりながらも、仕事を休めば収入が減ると心配している。
玲奈は倉庫主任の矢野へ、夜間の作業を別棟へ移す案を出した。矢野は契約上の難しさを説明し、数日だけ試すことにした。
古い荷札の船名を調べると、戦時中に港を出たまま戻らなかった小型輸送船のものだった。乗員名簿には、塩の積荷を最後まで運んだ港湾作業員の名前もある。
「死んだ人が働かせてるんですか」
矢野が問うと、玲奈は答えを保留した。亡くなった作業員の名を使って、今働く人の苦労を説明してはいけない。
勤務を交代した作業員は、慣れない別棟の通路で台車を押す練習をした。玲奈は通路幅も測った。
翌朝、矢野は勤務表を作り直し、健康診断を受ける時間を確保した。予定の出荷は遅れるが、取引先へ理由を説明した。玲奈が求めたのは作業員の安全であり、帳尻合わせのために誰かを急がせることではない。応じた会社にも、小さくない負担が残った。
夜、塩の袋が一つだけ軽くなった。玲奈が床を見ると、白い筋が海へ向かって途切れている。岸壁には現在の貨物船が停まり、乗組員がクレーンの音を聞きながら休んでいた。
翌朝、手首の赤い線は消えていた。作業員は別棟で通常どおり働き、矢野は休業補償の書類を整え始めた。




