港の塩袋
品川の小さな倉庫街で、袋詰めの塩が夜のうちに減る事件が起きた。倉庫主任の矢野は盗難を疑い、防犯カメラを増やした。だが映像に映るのは、袋の縫い目から白い粒が流れ出すところだけだった。
退魔師の吉岡玲奈は、まず保管環境を調べた。湿度も床の状態も基準内。袋に穴はない。減った分だけ別の倉庫に塩の結晶が現れるという報告もない。
「一晩で百キロです。うちには損失が大きすぎます」
矢野の声は切実だった。倉庫の契約が切れれば、夜勤の作業員たちの仕事がなくなる。玲奈は犯人を見つけるより先に、減量が起きた時の記録を残すよう頼んだ。
出荷台帳を読むと、消えるのは特定の地方から運ばれた塩だけだった。戦前、同じ岸壁から船へ積み出されていた産地だという。倉庫の壁には当時の荷札が一枚、木枠に閉じ込められていた。
矢野は取引先から届いた催促のメールを一度閉じた。作業員が疑われているという噂が広まれば、夜勤の雰囲気まで悪くなる。事情の知らない人にも説明できる数字を、まず揃える必要があった。玲奈は矢野が担当者へ電話を掛ける間、出荷伝票を一枚ずつ並べて確認した。
玲奈は夜勤の作業員全員に同じ質問をしなかった。まず主任から業務の流れを聞き、実際に袋を持つ人には負担の少ない時間を選んだ。監視カメラで犯人を探す話が広まれば、互いを疑う空気が生まれる。それだけで職場は壊れてしまうと、矢野は心配していた。
玲奈が近づくと、紙の端が潮風もないのに揺れた。荷札には船名と、積み忘れた一袋の番号が書かれている。
その夜、玲奈は塩袋の間で見張った。午前二時を過ぎると、足元の白い粒がゆっくり海の方へ動き始めた。倉庫の床に、小さな波の形が幾つも重なった。




