校庭の井戸
台東区の小学校で、校庭の隅に水の染みが広がった。前日は晴天で、水道設備の点検にも異常はない。用務員の矢嶋は、染みの中央から古い井戸の縁を見つけた。井戸は昭和初期に埋められたはずだった。
東部支所の篠原澪は、校長と話し合い、染みの周囲にロープを張った。運動場を全面封鎖すれば体育の授業も行事も止まる。危険箇所だけを区切り、子供たちには地面が緩んでいると説明した。
矢嶋は旧校舎の図面を持っていた。井戸の横には、かつて小さな洗い場があった。戦後しばらくは児童がそこへ水筒を持って来ていたという。校庭の改修で洗い場は撤去されたが、井戸の所在は申し送りされていない。
澪が結界の札を置くと、染みの端に裸足の跡が一つ現れた。歩幅は小さいが、足の向きが逆だった。三崎へ写真を送ると、彼は児童を現場から遠ざけ、夜まで触れないよう指示した。
澪は染みの写真へ物差しを添えた。次の勤務者が同じ場所から撮れるよう、立つ位置も印した。
校長は放送室から流す説明文も一緒に考えてくれた。地面が緩んでいることを伝えれば十分で、井戸の噂を広める必要はない。矢嶋は登校する児童にロープの位置を教え、いつもどおり挨拶をした。普段と同じ声で挨拶されるだけで、不安な子供は少し落ち着く。
放課後、矢嶋が濡れた土を小さな容器へ採った。土の中に青いガラス片が混じっている。かつての洗い場で使われたコップの破片かもしれない。
校庭の奥から、野球部の子供が大声で呼ぶ。澪は振り返った。ロープの外側で、誰かの水筒だけが倒れずに立っていた。持ち主を尋ねても、誰も名乗らなかった。




